そのとき、研ぎ方を教えてくれた先輩が「和食にはそれぞれの素材に合う庖丁がある」と教えてくれ、小出刃よりも長く、みねの分厚い片刃の出刃庖丁を貸してくれた。出刃はその重さが特徴だ。この力強さがあるから、魚の背骨をまるでバターを塗るようかのように、スーッと切り落とせるのだろう。
西洋庖丁しかない米国で生まれ育った私には、出刃は初めて使う片刃の庖丁だった。そのため片刃に対して最初は抵抗を感じたのだが、魚をさばいてみると片刃のよさが少しずつ分かってきた。出刃の片刃を魚の背骨にぴったり押し付け、尻尾の方に引っ張るとカリカリカリッという音がする。和包丁は私に料理に対する自信を与えてくれただけでなく、和包丁を求めて世界中からやってくるプロのシェフであるかのような気分にさせてくれた。
和包丁との出会いで和食にハマった
和庖丁を手に入れた後は、さらに和食について知りたくなった。私は常連客になるために住んでいた街の和食屋をまわり、カウンター奥を覗き込み、和庖丁を抱えている料理人の様子を観察した。焼鳥屋で代々引き継がれた骨切り庖丁は豚足をブチ切る力強い存在感を見せていたし、寿司職人が使っていた柳刃庖丁は絵を描くように刺身を切り、生き返りそうなほど美しい一皿を作り出した。
良く切れる和包丁で切る刺身の断面は、美しくありながら、うま味も逃がさないとも教わった。あるとき、友人に特注のうなぎ包丁を見せてもらったことがあるが、見たことがないような短くてとがっているこの包丁はうなぎにしか使わないと聞き、そのマニアックさに驚いた。
その後、和食の腕を上げようと料理教室に参加することに決めた。先生の狭い厨房の前に立ったとき、あることに気が付いた。私の横に並ぶ生徒はみな、研ぎ立ての和包丁をそれぞれ持参していたのである。
あるとき、献立が鍋物だったことがあった。野菜係の私が白菜を切ろうとすると、隣にいた生徒が「この菜切り庖丁は刃が細長くて切りやすく、野菜が痛まないから、野菜を切るための庖丁なんだよ。使ってごらん」と自分の包丁を貸してくれた。手入れの行き届いた菜切りで白菜を切ると見事に葉が落ち、和包丁の実用性を改めて実感した。
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