浮世絵は分業で作られた。下絵を描く絵師、彫師、刷師の手を経て完成する。「絵師だけでなく彫師、刷師も重要です。下絵の魅力がどれだけ引き出されるかは、彼らの技術にかかっていました。初刷りには絵師の意向が反映されやすいのですが、後のほうの刷りになると、必ずしも絵師の指示どおりではなくなってきます」と野口さんは話す。
喜多川歌麿と並び、東洲斎写楽も人気を集めた。しかし生涯の制作期間はわずか10カ月と短く、謎の絵師と言われている。野口さんは、「10カ月の間に、圧倒的な存在感を放つ役者絵を残しました。役者の特徴を強調し、デフォルメするのが写楽の特徴です。決して美化しないので、役者自身は嫌だったのでは。写楽の流行が短期間に去ってしまったのは、あまりにも個性的に描きすぎたためという説もあります」と言う。
浮世絵には植物染料が使われているので退色しやすい。とりわけ青や紫はくすみやすいという。この葛飾北斎『富嶽三十六景 凱風快晴』は色がよく残り、シミもなく、完璧な状態と評されている。凱風(がいふう)とは南風のこと。秋の空にいわし雲が浮かび、そそり立つ富士山を朝日が赤く染めている。
そもそも江戸時代に多色刷り版画が普及したのは、暦を作るためだった。「太陰暦が使われていたので、29日までの月もあれば30日までの月もあり、それが年ごとに違っていました。わかりやすくするために版画で絵暦が作られた。贅を尽くしたものも現れ、多色刷り版画、いわゆる錦絵のきっかけとなったのです」と野口さん。
展示室では浮世絵の流れがわかるように、時代順に作品が並べられている。初期のものから、世界に3点しかない葛飾北斎の美人大首絵『風流無くてなゝくせ 遠眼鏡』、抜群のプロポーションの女性たちを描いた鳥居清長の美人画、歌川広重の『東海道五十三次之内』、歌川国芳の作品など、浮世絵を代表する絵師たちが登場する。前期、後期で作品が全点入れ替わり、合計62点が展示される。
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