けれどもやはり、一時的にビタミンAを欠乏させることでサシを入れるということを聞いて、快いと感じる人もあまりいないだろう。近年、欧米で叫ばれているアニマル・ウェルフェア(動物福祉)の観点からも、批判されてしまいそうな技術である。また、私の周りの複数の牛肉の流通業者が「ビタミンコントロールすることで牛肉の味が落ちるのではないか?」と疑問視する声をよく聞く。
今のところ、ビタミンコントロールを行うとサシが入り、ロース芯が大きくなるということは科学的にわかっているものの、ビタミンコントロールによって味わいがどうなるかを分析した研究はないようだ(あったら教えていただきたい)。「おいしさ」は格付け最上級の条件ではないので、研究が進んでいないのだろう。しかしこれだけ短期間で発展した人為的にサシを入れる技術なのだ。どこかに歪みがあっても仕方がないと思う。
生産者と消費者の間には大きな断絶がある
ただ、畜産の現場ではビタミンコントロールに対して、マイナスの側面から考える人はあまりいない。こんなことがあった。数年前、私がかかわっている高知県の畜産試験場で、褐毛和種(高知系)の肉牛に、牧草を中心とした粗飼料ばかり与えて、赤身が多い肉にしてみようという実験を行った。2頭の牛に私が名前をつけ、大阪を代表する熟成肉レストラン「又三郎」で食べるところまで完遂したプロジェクトだった。
この中で、牛たちの餌を設計し、日々の管理をしてもらう技師の方とちょっとしたやりとりがあった。私が「ビタミンコントロールはやめてくれ」と言うと、難色を示したのだ。
「うーん、やまけんさんの言うこともわかるんですが、牛がサシを入れる能力を発揮させないのは、かわいそうだと思うんです。最低限のビタミンコントロールだけはさせていただきたい」
とおっしゃるのだ。最終的に私が折れて、肥育中期にビタミンコントロールを施すことになった。ああ、これが現場の感覚なのかと思った。彼らにとって「サシを入れる」ことは、その牛の能力を発揮させてやることであって、よいことなのだと。生産者と消費者の間には大きな断絶があるな、と実感した瞬間だった。
その牛をと畜して枝肉になったのを見ると、やはり穀物飼料をあまり与えずに草を中心とした粗飼料中心に食べさせたからだろう、それほどサシは入っていなかった。面白いのはその技師さんが、最近になって顔を合わせるとこう言うのだ。
「最近、ビタミンコントロールのしすぎはよくないと思うようになったんです。研究段階ではすでに過度のビタミン欠乏はよくないと言っているのですが、生産農家はやはり“ビタミンを切れば切るほどサシが入る”と考える人も多く、牛の健康を損ねることも多いんです」
格付けによって価格が左右される以上、ビタミンコントロールという技術は生産者や彼らをとりまく関係者からすれば、牛を高く売るために必要な技術であり、正義である。だから、ビタミンコントロール技術の是非については、関係するおのおのが考えて答えを出せばいいことだ。
しかし、こうした事実は一般消費者には知られていない。知ったときにどんな印象を持つだろうか。もしかしたらギョッとするかもしれない。その反応は、おそらく今後、和牛が目指す海外マーケットでも起こりうるものだと思うのだ。そうしたことに関係者は今から対応策を考えたほうがよいはずだ。
次回、この牛肉編の最終回として、それではおいしい牛肉とはどんなものなのか、消費者レベルでどのように牛肉を選べばよいのかについて書いていきたい。
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