自由化に備えて格付け制度を改正する際には、ここまでサシ偏重の世の中になるとは思われていなかった。ところが日本の農家と研究者は極めて勤勉で研究熱心なので、どのように牛を飼えば格付け最上位であるA5に到達できるのかをあらゆる面から研究した。そして、1990年代から20年余りという極めて短期間の内に、粗脂肪量を倍増するところまで到達してしまったのだ。また、サシだけではなく、もうひとつの重要な評価項目である肉の歩留まり、つまり1頭の牛から採れる肉の量も、倍増とまではいかないものの、着実に増加している。
つまり、20年前、格付けの改正前に「特選」と呼ばれていた格付け最上位の牛肉と、現在の「A5」の牛肉はもはや別物なのである。もし20年前にいる食肉関係者をタイムマシンで現在に連れてきてBMS12の牛肉を見せたとしたら、心の底から驚くに違いない。
とはいうものの、サシ量が増えたことが牛肉のおいしさにつながっているならば、特に問題はないと思う。しかし残念ながらそうではないようなのだ。
肉牛生産の関係者が読む冊子に「日本飼養標準」というものがある。主要な家畜に、どのような内容の餌をどれだけ与えればよい家畜ができるかということを解説する資料で、第1級の研究者が監修・執筆した書物だ。現在、販売されているのは2008年度版である。この中に、脂肪交雑についてこう書かれている箇所がある。
「サシの多少が食味性にそれほど寄与していない」
「牛肉の焼肉による食味評価において、“脂肪交雑の多少が食味性にそれほど寄与していない”という記述とともに、遊離アミノ酸や脂肪酸の重要性が1987年の報告で指摘されている」
つまりある程度以上のBMSナンバーになると、もはやそのサシの多さがおいしさにつながるわけではないということだ。これは当然ともいえることである。それはなぜか。同書によればこう指摘してある。
「牛肉中の脂肪含量が増加すれば食感は、やわらかくジューシーである。その反面、牛肉中の粗脂肪量が50%前後まで増加すると、タンパク質含量が減少し、その結果として呈味物質である遊離アミノ酸含量が低下する可能性がある」
どういうことか。食に関する科学の世界でよく言われるのは、香りは油脂、味わいは肉から生まれるというものだ。肉を食べるとうま味を感じるが、これは肉の赤身部分を構成するタンパク質が酵素によって分解することで生じる遊離アミノ酸によるものである。この、うま味を生じるもととなる赤身肉の分量は、当たり前のことだがサシと反比例の関係にある。サシが入れば入るほど赤身が減るので、遊離アミノ酸によるうま味の少ない肉になるということなのだ。
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