グラットン:それが現実です。欧米ではハイスキルとロースキル、この間の仕事は空洞化しています。理由は二つ。技術によって置き換わるか、移民かアウトソーシング、つまり他国の人の仕事に置き換わるかです。日本は何とか移民を防ぎ、二つ目の仕事を守っていますが、欧米ではもう消え去っています。
私は外国に行くと、まずタクシードライバーを見ます。日本に来て、先進国で初めて、タクシードライバーをすべて自国の人がやっている状況を見ました。欧州では、今やスイスでもアフリカ人がタクシードライバーをやっています。
確かに移民を阻止すれば、日本人のために雇用を保てる。その主張はよくわかります。ダボス会議でも、いちばんの論点となったのが若者の失業問題でした。スペインでは今や40%以上の人が失業しています。
渡邉:今後、EUにトルコなどが加盟すると、さらに移民が増えるでしょうね。それでも、なぜEUは拡大しようとするのか、不思議です。日本では、国内問題の中でも雇用は特に重要です。失業率が高くなる政策を政治家は取ろうとはしません。
グラットン:欧州で人々が国境を越えて移動することを認めるいちばんの理由は、平和です。欧州では2度の世界大戦において、国同士で争ったつらい記憶があります。だから国の間の移動を、平和の代償として認めているのです。
渡邉:なるほど、平和の代償ですか。そこは日本とまったく状況が違う。アジアでは、日本と中国と韓国が労働市場を統合するなど、考えられない話です。
先進国生まれの優位性は次の世代にはなくなる
渡邉:『ワーク・シフト』には、ゼネラリストから「連続スペシャリスト」への第1のシフト、孤独な競争から「協力して起こすイノベーション」への第2のシフト、そして大量消費から「情熱を傾けられる経験へ」という第3のシフト、その三つが未来社会において必要になると書かれています。
ただ、そういうシフトが日本で起こるかというと、それにも疑問がある。たとえば第3のシフト。日本では15年間、給料が下がり続けており、将来への不安が広がっています。国も1000兆円の借金を抱えている。そうすると、「カネでは買えない経験」に価値観をシフトしようとしても、現実的に稼がなければならず、シフトできない。第3のシフトは、一部の資産家の話でしょう。
それから第1のシフト。ある専門的な技能を習得した後で、それを土台に隣接分野の技能を磨いて「連続スペシャリスト」になる必要がある、と書かれています。でも、この話は特に日本では難しいと思います。
連続スペシャリストになるには、1万時間が必要だと書かれています。すると、40歳でキャリアチェンジする場合、たとえばトヨタ自動車だと退職金が約半分に減り、ものすごい損失です。日本の職場環境では、実現が難しいんです。
それに連続スペシャリストを実現するためには、職業訓練の場が必要です。そうした場も、日本にはまだほとんどありません。