殺人犯たちはフルマラソンに何を見出すのか

打ちのめされた誇りを賭けて自分と戦う

マーケル・テイラーはそれ以上語ろうとしない。いまは詮索するのはよしておこうと私は思った。マラソン大会で優勝という偉業を成し遂げたばかりの男に、かつて犯してしまった最悪の所業をまざまざと思い起こさせるのはアンフェアだと考えたからだ。そしてそれは、他のランナーたちにも言えることだ。マイケル・キーイズは去年のタイムを半時間短縮したし、ダレン・セトルメイヤーは昨年17マイルでリタイヤしたところを、今年は4時間4秒で完走した。リー・ゴーインズは今年も中途脱落はしたが、25マイルまでは走った。「犯した罪のことは訊かないことにしているんだ」と、フランク・ルオナ監督も言う。「訊いても俺の仕事に役立つとは思えんしな。人間、誰しも過ちは犯す。そして、なかには、並はずれた過ちを犯す人たちもいる。そういうことなんじゃないかな」。

マラソン大会からしばらく経ってから、私は好奇心からランナーたちの犯した罪を調べてみた。そして思い知ったのは、人間、知らないでいた方がいいこともあるということだ。彼らの罪状は、それほどまでに残虐だった。ある者は、妻を刃物で刺してから火をつけ、それらすべてをヴードゥー教の呪いのせいにした。他のランナーは、辞典の戸別訪問販売員の女性を強姦のうえ窒息死させた──。

誰もが、やすやすと刑務所から出られる罪ではなかった。彼らはみな、きわめて長い懲役を負わされてここに来たのだ。希望もなにもかもを打ち砕かれて精神の抜け殻になっても不思議ではないこの刑務所で、彼らがそれでも走ろうとするのはどうしてだろう。

必要なのは、自分を愛することだ

矯正施設にしては、サン・クエンティン刑務所には端々に、きらりと光るデザインセンスがある。だがそれでも、ここが刑務所であることに変わりはない

陳腐な言い方にはなるけれど、走ることは、苦しみに勇気で立ち向かうことであり、無理だと思い込んでいてその実は自分で自分を型にはめているに過ぎない“限界”を乗り越えることでもある。ここサン・クエンティン刑務所で26.2マイルを走り抜いたことの達成感は、受刑者ランナーたちにとっては、優勝メダルや記念写真などとは次元の違う褒賞なのだ。「必要なのは、自分を愛することだ」とテイラーも言う。「自分を観察し、食べるものや、することなすことに注意を払い、自分を大切に扱うということだ。昔の俺は、自分を愛することができなかった。だから、まわりの人を愛することもできなかった。そんな俺でも、自分を愛することができるようになったんだ」。

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