殺人犯たちはフルマラソンに何を見出すのか

打ちのめされた誇りを賭けて自分と戦う

マラソン大会のスタートは午前8時だが、エディ・デウィーヴァーはその1時間も前から広場で走り込みをはじめていた。昼食後に『怒りを力に変えるには』というクラスに出席する予定があり、その機会を無駄にしたくないからだ。「昔は、なにかが身に降りかかってくるたびに、この世の終わりだくらいに俺は大袈裟に考えていたんだ」。デウィーヴァーの長いドレッドヘアからはじけ飛ぶ汗の粒が、ダイヤモンドのような輝きを放つ。「でも、俺は変わった。今この時に、精神を集中できるようになったんだ。今感じているものに心を研ぎ澄まし、なぜそう感じるのか、そう感じる裏にある満たされない欲求はなんなのか、そういったことに意識を向けられるようになったのさ。俺は答えを、自分のなかから探せるようになった。力を身につけるってのは、要するにそういうことなんじゃないかな」。

ダレン・セトルメイヤーのような受刑者にとって、ランニングはほんのひとときではあっても、囚われの身から我が身を解き放てる機会なのである

「俺は、こんなザマでもできる努力は惜しまずにやろうと思ってるんだ。人生で手をつけずに残しておけたものすべてをかき集めてな」。そう語る49歳のダレン・セトルメイヤーは常習犯罪者で、釈放の資格が得られる頃には99歳になっている計算になる。はじめてサン・クエンティンにやって来たとき、彼は自殺を試みた。それから10年ほどは抗うつ薬が欠かせなかったが、去年からこのクラブで走りはじめた。

「マラソンが始まってまだ4分半、4分半だぞ、ペースを乱すな」。フランク・ルオナが時計に目を落とし、声を張り上げる。彼は決して鬼軍曹タイプのコーチではないが、水分補給とペース配分を忘れるなと、事あるごとにくり返す。ウォークインクロゼットほどの広さの独房を2人部屋にして押し込められた環境から連れて来られた囚人たちは、それを忘れがちになるからだ。去年の大会ではルオナの忠告に耳を貸さなかったリー・ゴーインズという年配の囚人が22マイルを走ったところで倒れ、静脈注射をするはめになった。

“サン・クエンティンのガゼル”の走り

スタート直後から、我々の目はマーケル・テイラーに釘付けになった。まるで月面着陸をした宇宙飛行士のように大きなステップで、軽々と駆けていく。43歳のテイラーは木彫りの人形のように筋肉の浮き出た体つきで、前職は看護師。ハイスクール時代にはここより南のシリコンバレーで陸上選手をしていて、コーチのルオナがかつて練習で使ったコースで走ったこともあるが、当時は短距離の選手で、マラソンの経験はなかった。それでも、ここでの人気は絶大のようだ。「あいつはガゼルと呼ばれているんだ」。中庭から眺めていたネイティブアメリカンの受刑者がそう言葉をかけてきた。「サン・クエンティンのガゼルってな」。

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