殺人犯たちはフルマラソンに何を見出すのか 打ちのめされた誇りを賭けて自分と戦う
そうしてスタート地点に戻ってくる。一周4分の1マイルほどのこのコース。今日走るのはフルマラソンだから、塀で囲われた区画を105周することになる。
毎年1回、サン・クエンティン刑務所のランナーたちはタトゥーの入った四肢をストレッチし、白のクルーソックスをぴっちり履いて、こうしてフルマラソンに挑む。囚人という地の底の境遇にある我が身から、可能な限り最高のものを引き出そうとして、彼らはひたむきに走るのだ。
「刑務所から駆けていく受刑者たち……ですが、これは集団脱走ではありません」。そう語るのは、監獄内で編集発行されている『サン・クエンティン・ニュース』でスポーツエディターを務めるラサーン・トーマスだ。彼自身も懲役55年の刑により服役期間が12年に及んでいる。「ここサン・クエンティンに自由というものがあるとするなら、縛られた心を解き放つこと、それを自由と呼ぶべきなのかもしれません」。
マラソンという競技が肉体のみならず精神の試練でもあるというなら、カリフォルニア州でもっとも古く、全米最大数の死刑囚を擁するこの監獄で26.2マイル(42.164km)を走り通すことは、究極の自分との戦いでもある。ロサンゼルス・マラソンやNYシティ・マラソンのように、きらびやかな街路を歓声に包まれて走れるわけではなく、刑務所内を周回するランナーたちを見守る観衆といえば、カモメがせいぜいなのだから。
さらに悪いことに、このマラソンには中断もつきまとう。囚人同士の喧嘩にせよ、急病人にせよ、とにかくサイレンが鳴り響いたなら、ランナーも含めて受刑者全員がただちにその場で地面にぺたんと尻をつき、看守たちが秩序を回復するまでじっと待たねばならないからだ。去年のマラソン大会では、そうした中断が4度にも及んだ。
ベイエリアの一等地にそびえる監獄
金門橋から北へ12マイル。サンフランシスコ湾に突き出た海辺にそびえるサン・クエンティン州立刑務所は、時代錯誤の古城でもある。ゴールドラッシュ時代の1852年に築かれたまま、カリフォルニア随一の富裕地区マリン郡の一等地を占めつづけている。
数々の凶悪殺人犯がこの刑務所の門をくぐり、鉄格子の奥で死刑執行の日を、あるいは終身刑による人生の終わりを、もしくは仮釈放で塀の外に出る日を待ちつづけている。フォーク歌手のジョニー・キャッシュは1969年にここで刑務所内コンサートを開き、「サン・クエンティン、おまえの隅々までが死ぬほど憎い(I Hate Every Inch of You)」と歌った。