殺人犯たちはフルマラソンに何を見出すのか 打ちのめされた誇りを賭けて自分と戦う

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レース開始から時間が経ち、太陽が昇るにつれてじわじわと暖かくなってきた。「完走がおぼつかない選手も何人かいるんだ」。フランク・ルオナが絞り出すように言い、顔をゆがませた。前回優勝者でコースレコードの持ち主でもある61歳のロリンツォ・ホブソンは上半身裸で、Tシャツを引き裂いて作ったヘッドバンドをランボー風に巻いたなりで走っていたが、13マイルで脱落した。空軍退役兵で、自分も含めた薬物依存者向けのフィットネスアプリを獄内で製作しているクリス・シューマッハーも、同じく中途でリタイアした。

走ることに突き動かしている理由

「きつくなってきたよ、コーチ。だんだんきつくなってきやがるんだ」。終身刑で、今年仮釈放申請を棄却されたアンドリュー・ガズニーが、17マイルあたりをどたどたと走りながら喘ぐように言う。

「無理をせずに、楽なペースで行け」。ルオナが答える。

スタートから3時間が経つ頃には、テイラーの前評判通りの優勝が揺るぎないものになってきた。すらりとした脚に、力強い腕。刑務所の食事で保ったその肉体を包む服を汗みずくにしながら、優雅なフォームをくずさずに、敷地内をくねくねと縫うコースを走りつづける。そうしていよいよ104周、25.75マイルを駆けたところで、なんたることか、サイレンが鳴り響いた。

「なんてこった、こんなときに!」。周回数をカウントするスタッフのひとりがうめいた。

サイレンがやむ。なんの説明もなかったが、騒動が起きることはなく、囚人たちは規則通りの動きをした。ランナーたちもコースの途中で立ち止まり、尻を地面につけて座った。テイラーもその通りにし、曲げた両膝に手をのせて、1分20秒のあいだじっと待ちつづけた。そして、地面から体を引き剥がし、最後の気迫をふりしぼって残り1周を懸命に駆けた。フランク・ルオナがタイムを測る。3時間16分。コースレコード更新だ!あと1分早ければ、ボストンマラソンのエントリー資格タイムを満たすほどの好成績だった。

ゴールインしたテイラーは、首筋に塩を吹いたまま、こわばる脚を引きずるようにして、乾いた衣服を探し歩いていた。私は彼に声をかけ、なにを考えて走っていたのかと訊いてみた。「家族や、子どもたちのこと、それから、被害者の方や……すべての人のことを考えて走っていたんだ」と言う。なるほど、それではいったいどんな罪を犯したのかと、重ねて訊いてみた。テイラーはため息をつき、首を振った。「俺は愚かにも、自分勝手にも、ある人の命を奪ってしまった」。彼は第二級殺人(計画的ではないもの)で収監され、服役期間が13年に及んだところで仮釈放申請を棄却されたのが、レースの数週間前のことだった。「あの時の屈辱感が忘れられない。それが、俺を走ることに突き動かしている理由のひとつでもあるんだ」。

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