”あうんの呼吸”はアジア人にしか通じない 多文化コミニュケーションの極意

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グローバル化の進展により、国の枠を超えて活躍する「グローバルエリート」が生まれている。しかし、そのリアルな姿はなかなか伝わってこない。グローバル エリートたちは何を考え、何に悩み、どんな日々を送っているのか? 日本生まれの韓国人であり、国際金融マンとして、シンガポール、香港、欧州を舞台に活動する著者が、経済、ビジネス、キャリア、そして、身近な生活ネタを 縦横無尽につづる。
多文化コミュニケーションは一筋縄ではいかない。アジア圏と欧米圏の文化には大きな違いがある。

「それ、最初からはっきり言ってくれないとわからないから。そんなこと心で考えてたなんて、全然わからなかった」

「なぜそれを言わないんだ? 衝突するのは何も問題ないんだ」

「俺たちは友達だが、言わないことを推し量るというアジアの文化は理解できない。率直に言ってほしい」

これは最近、インド人、ポルトガル人、オランダ人、カナダ人、日本人と一緒に働いた某プロジェクトの相互評価セッションで、とある日本人の参加者が言われた言葉である。そして私も外資系企業で外国人と働き始めた頃、同僚からよく言われたコメントでもある。

私は、アジア圏の中では周囲の反応をおもんぱかりつつも比較的はっきり言うほうだが、国際的な環境ではどうしても遠慮深くて、交渉になるといとも簡単に譲りすぎる。われわれは1つ目のポイントでこちらが譲れば、2つ目のポイントは先方が譲ってくれて双方が歩み寄り、五分五分で終わるだろう、という期待をするものである。

しかしこういう“あうんの呼吸”(言い換えれば明言しない期待)は国際的な環境ではわかってもらえず、結局どんどん譲り続けることになる(まぁ、これは文化的影響に加えて私がお人よしで協調性を大切にするからだが)

欧米人やインド人相手の仕事だと、何でこれがわからへんのや、ということでも信じられないくらいまでに伝わっていないことも多い。相手をおもんぱかってとっとと譲ると、逆に「これはあなたにとって大事じゃなかったからあっさり譲ったのだ」と解釈される。したがって交渉で譲るにしても、さんざん粘って価値をつけてから譲るのが賢明である。

さらに困惑するのが、こだわりのポイントが文化圏によってはえらく違う点だ。たとえばアジアだと何か組織を動かすときに、反対している人たちの集まりに乗り込んでいって大演説をぶつ、などという映画みたいなことはまずしない。とりあえず相手側の中で話の通じる人に根回しし、その人に話してもらうのが通常だが、異文化圏の中ではこれも時に異なる。

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