松下幸之助の最大の功績は「人間研究」だった

「死んでも構わない」と言った瞬間

「きみな、この勉強会は今日で終わりにしようか」

私は嬉しいと思った。この「勉強会」は朝9時から夕方5時ごろまで日曜、休日もほとんどなく、毎日続けられていた。私は指示のあったことを夜、研究所に戻って調べ、書き替え、整理しなければならなかったので、毎日の帰宅は夜中の11時か12時であった。もちろん本来のPHP研究所の仕事もしなければならない。私にとっては多忙極まる日々であった。だからこの「終わりにしようか」という一言に「助かった、やっとこれで終わる」と思ったのである。

しかし、その次の瞬間であった。

「きみ、わしはもう死んでもかまへんわ」

松下は立ったまま、そうつぶやいた。驚いている私に説明するように、ゆっくりとした口調で松下は話を続けた。

「今までな、わしはいろんなことを話してきた。会社で、また社会で、必要に迫られ、ときに頼まれていろいろと話をしてきたけどな、結局わしは、この人間観を話してきたんや。それこそが大事と思って、いろいろな話をしてきた。その人間観をこのようにまとめることができたんやからな、わしはいま、ふっと、ああ、自分もこれで死んでもいいなと思ったんや」

その言葉を聞いて私は、言いようのない感動を覚えた。

「もう死んでもいい」とまで思って書き上げた本

私の頭の中を、半年間の勉強会の様子が駆け巡った。そうか、それほどの思いで取り組んでいたのか。命をかける思いで、魂を投入して、この半年間、松下幸之助さんは勉強していたのか……。

ああ、申し訳なかった。もっと真剣に、私も少なくとも暑さや空腹を忘れるほどに取り組むべきであった。足が痛いとか暑いなどと……。辛いだけだと感じていた半年が、私にとってはかけがえのない半年としてグルリと転換したのがわかった。

当時、松下はすでに「商売の神様」「経営の神様」と言われていた。しかしその人が「もう死んでもいい」とまで思って書き上げた本は、「商売を考える」でも「経営を考える」でもなく、『人間を考える』であった。この象徴的なことに、私は深い感動を覚えていた。

松下が商売をやりながら、経営をやりながら、つねに考え続けていたことは、人間の幸せであった。人間というものにどうプラスになるかということであった。松下幸之助は、松下電器の商品が、お客さま、広く言えば人類に役立つものだろうかという吟味をつねにしていた。

そこを理解せずして、成功のテクニックばかりを追うならば、その結果は間違いなく松下幸之助と逆のかたちになるであろう。
 

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