松下幸之助の最大の功績は「人間研究」だった

「死んでも構わない」と言った瞬間

松下がつねに考え続けていたことは、人間の幸せであった(撮影者不明)

「二人で、人間観な、あれ勉強してみようか」

松下からそう言われたのは、昭和46年(1971年)7月の初めであった。

すでに一度、人間観についてまとめた一文を世の中に発表したことがあった。しかし昭和26年(1951年)という時代背景もあり、それほどの部数も出ていないため、ほとんど知られることはなかった。

自分でまとめた人間観を何度も検討していた

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その後も松下は、自分でいったんまとめた人間観を、二十数年間にわたって何回も何回も検討し、絶え間なく考え続けていた。そして、私の先輩に当たる、PHP研究所の研究員たちが次々に松下の相手をして、人間観についての原稿を書き替え、さらに作り替えるということをしてきていた。

そうしたうえで、できあがっていた最後の原稿を基にして「人間観の勉強をやろう。検討を始めようや」と私に言ったのである。

真々庵の座敷に、大きな卓がある。床の間を背にして松下が座っている。私は松下を左に見るような位置に正座する。松下と私の前にそれぞれ人間観の原稿が置いてある。私が声を出して一頁ずつ読んでいく。松下はそれを聞きながら、また目で原稿を追いながら、気になるところにさしかかると「ちょっと待て」とストップをかける。

「そこはこのように」という指示通りに修正する。あるいは調べて翌日報告をするということが、私の仕事になる。この体験は、私にとってとりわけ大変なものであった。

朝は9時前後に松下が真々庵にやってくる。20分ほど2人でお茶室に入って、それから「勉強会」が始まる。

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