松下幸之助の最大の功績は「人間研究」だった

「死んでも構わない」と言った瞬間

「勉強会」を始めて最初の2~3日、私が驚いたのは松下の集中力であった。

痛い、暑い、苦しいに悩まされ原稿を読みながら、ふと松下を見ると、端然として正座をしているだけでなく、ひとしずくの汗も流れてはいなかった。当時76歳の松下は、きちっと着物を着て、床の間を背に、涼しい顔と言ってもいいような雰囲気である。思わず自分の状態と比較しながら、高齢になると暑さも感じないのか、年を取ると便利だな、と思ったことを覚えている。

そんなものかと感心しながら、私は昼食が気になり始める。12時になると真々庵の前にある動物園からメロディが聞こえてくる。しかし、それでもお昼にしようとは言ってくれない。まだか、まだか。12時半が過ぎる。1時が過ぎても何もない。こちらは空腹である。ああ、もう今日は食事はできないかと諦めかけた1時半ごろになってようやく、「あっ、お昼やな。食事にしようか」。

ああ、ようやく食事にありつける。「はい」と返事をしながら松下の顔を見たときに、私は驚いてしまった。先ほどまではまったくと言っていいほど汗のなかった松下の顔に、玉の汗が噴き出していたからである。

「暑いな、えらい暑いな。きみ、乾いたタオル持ってきてくれや」

「心頭滅却すれば火もまた涼し」

暑いのは今に始まったことではない。朝から暑いのだ。しかし、勉強に没頭している松下は暑さを忘れていたのだ。原稿を読みながら、心がその内容に入りこんでしまっているから、もうそれ以外のことは考えない。暑さまで忘れ去ってしまうということは、大げさな言い方になるが、魂をすべて原稿の内容に投入しているのである。「心頭滅却すれば火もまた涼し」というが、その言葉通りの集中力であり、全身全霊で打ちこんでいることの現れであった。

そのような姿は、それから半年間、『人間を考える』という本にまとめあげられるまで続いた。

12月の10日前後だったと思う。松下が手洗いに立ったとき、私は相変わらず足が痺れて痛いので、足を伸ばし屈伸体操をしながら、少し息抜きをしていた。コトコト足音がするから、松下が戻ってきたことはすぐにわかった。いつものようにさっと正座をして、私はいかにもじっと座っていたような恰好をしていた。

この時季になるとガラス戸の障子も閉めきっていたので、外は見えない。それなのに松下は、部屋に入ってくると腰に手をあてて立ったまま、障子で見えるはずもない冬の枯れた庭を見透かすかのような目つきをしていた。私は何ごとかと思って下から松下を見上げていた。

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