蜷川氏の長女で写真家の蜷川実花さんは、「家では物を投げたりしませんでした。理論で怒ってくる父で感情的になったことはない。納得して怒られていました」とスポニチアネックスの取材にコメントされています。
また、米国出身の日本文学者で東京大学教授でもあるロバート・キャンベル氏は、テレビ番組『スッキリ!!』において、「たとえ大物俳優でも、稽古中に台本の内容を書き替えることを許さなかった。なぜなら、本の中に書かれている作者の思いについて、理論的に言葉を尽くす必要があったからです」と、故人の仕事ぶりを振り返りました。
ゆとり世代に関する記事で、社会心理学でいうところの「ピグマリオン効果」のことを書きました。「強い期待を抱かれた人ほど、その期待通りに物事を成就させていく」現象のことです。
そのために必須の「説得力」の条件として、「言葉の送り手の信憑性」についても述べています。同じメッセージでも、Aさんが言うのと、Bさんが言うのでは、響きが違うといったような状況です。
「自分はできる」と期待を持つための4要件
蜷川氏の厳しい指導、熱弁の裏側には、上記のような心理学や行動科学の理論と合致する部分が見えてきます。心理学者のバンデューラは、自己効力感(こうすればうまくいくはず、自分はできるはずだという期待)を得るための基本的4要件として、①直接の成功体験、②代理的体験、③言葉による説得、④情緒的な喚起を挙げています。
蜷川氏の舞台に出演経験のあるウエンツ瑛士氏は、「人生の火をつけてくれるような感覚」と、蜷川氏の指導を前出『スッキリ』で評していました。そして、「(蜷川氏は)役者の可能性を信じてくれている」とも述べました。
「千本ノック」と例えられた、延々と続く「ダメ出し」は、役者の心が折れそうになるほどだけれど、最高の芝居(直接の成功体験)や、情緒的な喚起を引き出すためのギリギリの熱弁(言葉による説得)だったからこそ、役者の方々は大きな自己効力感を得られたのかもしれません。
このようなことを考え合わせると、蜷川氏の熱弁は単なる感情的なものではなく、説得力につながる、論理的なモチベーション管理だったと言えそうです。単純な感情論で怒鳴っている人は、怒っていることを伝えようとしているけれど、受け手には意図がまったく伝わっていないものです。
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