「催眠商法」は一体どのように生まれたのか 日本における自己啓発セミナーの源流

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いわゆる催眠術にかけるようなやり方です(写真:wavebreakmedia / PIXTA)

「公の場所でインチキ品売る」

1968年12月4日に読売新聞の「気流」(読者欄)に、こんなタイトルの投稿があった。投稿者の近くにあった商工会議所で「新製品普及会」なる団体が、強引に商品を売りつけてきたという。

<場所が商工会議所だっただけに、まさか変なものは売らないだろうと思っていた。近所の主婦たちは、いまだにインチキだと気づいていないようだ。こんなテキ屋みたいな連中に場所を貸した商工会議所は、責任を感ずべきだ>

これがいわゆる、のちの言葉でいうところの「催眠商法」を批判する第一声だった。「催眠商法」は別名では「暗示商法」や「SF商法」と呼ばれる。高齢者や主婦層に商品を提供し、最後には高級布団やらを買わせる、あれである。後者のSFとは、さきほどの「新製品普及会」からきている。

この連載では、自己啓発セミナーの系譜として、Tグループヒューマンポテンシャル運動、そしてホリディマジック、などを紹介した。特に前回の連載では、お客に拒絶される機会の多い販売職に対して、自己啓発セミナーや洗脳に近いポジティブシンキングが”発明”されたと紹介した。本来は心理学や精神療法のなかで真面目に研究されていた分野が、ビジネスと結びついていった。

そして、良くも悪くも、日本でこういった自己啓発ビジネスを展開した団体と人物として、「新製品普及会」と、それを率いた島津幸一氏に行き当たる。

販売の神様か、あるいはインチキか

商品を卸値で消費者に提供する、という姿勢で「流通革命」を標榜した新製品普及会が爆発的に拡大するのは1969年くらいからだった。200人だった従業員は、1970年には4000人に膨れ上がった。

同社は新製品の宣伝といい、会場に呼んだ主婦たちに試供品を提供した。海外の自己啓発セミナーと同じく、客席を暗くして、照明や音楽で盛り上げた。社員が壇上に登場し、次から次へと言葉をたたみかけ、そして商品をバラまき、会場が熱気と興奮に包まれる。

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