「催眠商法」は一体どのように生まれたのか 日本における自己啓発セミナーの源流

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徐々にステップを踏ませるのは、またしても海外の自己啓発セミナーと同じだ。そのあと、奉仕品の名目で洗剤などの日用品を販売した。これは確かに定価の数割程度で安価だったから、主婦たちは我先にと奪いあった。そして、同社は、最後に高額商品を用意していた。

高級ベッドなどが「この金額ではここでしか買えない」「数量は限定」と説明される。冷静に考えれば、あきらかに練られた販売術にすぎない。しかし、社員が主婦たちに「欲しい人」と呼びかければ、多数がそれに応じた。興奮状態で誰もが手をあげ、さらには抽選まで行った。

もちろん皮肉でいえば、自己啓発セミナーを、商業利用した見事な例だった。自己啓発セミナーでは、あくまで顧客は受講者だった。しかし、新製品普及会では、試供品につられて集まった主婦たちをターゲットにしていた。

”革命的”販売企業の誕生

1932年(昭和7年)に東京で生まれた島津幸一氏は販売の世界に飛び込む。1956年(昭和31年)に「島津商店」をひらき、寝具類を販売していた。しかし、一対一のセールスでは販売量に限界があると気づいた氏は、他の方法を模索していく。そして1965年(昭和40年)に「丸十ストア株式会社」を設立、翌年(1966年)に「株式会社新製品普及会」を設立している。

その「新製品普及会」を開始しベッドの販売を始めたとき、東京・両国のオフィスはわずか四畳半だった。しかし、先に紹介した販売手法を活用し同社は急成長していく。

ファッションショーのように商品を紹介する社員はインストラクターと呼ばれ、話し方を徹底的に教育された。猛烈な社員教育が行われ、1年で新入社員の1~2割しか残らないから、希望するものは全員が入社できた。

正会員は「新生活大辞典」(SF出版局発行)なる書籍を1万2600円で購入し会員証を受けた。これによって商品を”特別”割引で購入できる、とされた。東京の五反田にあった「SF卸し売りデパート」では、価格の自称2~3割で買い物ができた。そして準会員、モニター会員などが存在した。

さらに自己啓発セミナーでは、受講後に、周りの友達にもセミナーを推薦するように、強く要求される。新製品普及会も同じで、会場にやってきた主婦は、少なくとも5人を紹介するよう招待券を渡された。また、同社は東京12チャンネル(現・テレビ東京)で番組「アイデア買います」をもち、モニターの意見を取り入れた自社商品なども作っていた。

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