「催眠商法」は一体どのように生まれたのか

日本における自己啓発セミナーの源流

さて、ジョセフ・マーフィー博士に師事し研究を重ねた、という島津氏は、この潜在意識や成功哲学といったものを日本に広める役割を担う。日本で初めて、潜在意識、潜在能力をセミナーで教えていく。

ところで、当時の資料や雑誌、あるいは島津氏ご本人が書いたものにも「研究」といった表現が使われる。しかし、本当に氏がアカデミックな研究を実施したのか、研究組織や学会、それに類する団体に属していたのか、情報はない。

マーフィー博士との対談本はすでに絶版になっているが(『マーフィーの成功法則~マーフィー博士の最後の言葉』産業能率大学出版局)、手にとって確認したところ、確かに2人が同じ写真に映っている。知り合いではあるだろう。ただ、研究うんぬんについて、正直にいえば確信は持てなかった。

本家、米国への逆輸出

島津氏は帰国後にARCインターナショナルを作る。これは販売職の人々を教育する会社だった。そこで氏はセミナー事業を積極的に展開していく。氏は、単にセミナーや研修を販売するだけではなく、その教育結果、販売できた商品売上の数パーセントを得る契約を複数社と締結していた。氏はARCインターナショナルの代表取締役会長を務めた。

前回の連載でも書いたとおり、米国で「ライフスプリング」という自己啓発セミナーにかかわったロバート・ホワイトが1977年に日本で「ライフダイナミックス」を設立した。

もともとロバート・ホワイトはセールスパーソン養成マニュアルを販売する「アメリカンマスターズ」を設立するために来日していた。そして、「ライフダイナミックス」の管理会社がこのARCインターナショナルという構図になる。1985年に、同社は日本での大成功をきっかけに、米国への逆輸出を果たす。

そのとき、米国では企業の不振が問題となっていた。財政赤字、貿易赤字にくわえ、企業赤字が、3つの赤字といわれた。現在、米国ではGoogleをはじめとする新たな企業が生まれ、勢力図を塗り替えている。今の米国企業の強さをみると、米国はダイナミズムを有しているといえる。ただ、1980年代後半から1990年代前半には、企業が悩み、そして社員を啓発・啓蒙しようとした。

島津氏は日本で気づきのセミナーを主催していた。そこには潜在意識を意識し、自己の能力が無限大であると気づくことをすすめていた。社員たちに、たとえばマーケティングやサプライチェーンなどの、具体的なテクニカルスキルを与えるわけではない。やる気を起こさせ、その気にさせる、人間の変容そのものを販売していた。

1994年10月24日に肝不全で島津幸一氏は、その生涯を閉じる。享年わずか62歳だった。SF商法を実業として広め、自己啓発とセールスを結びつけセミナーを広め、それを米国にまで拡大した、こころと商売の”革命家”は、その後も末裔を通じて影響を及ぼし続けている。

ビジネスの人気記事
トピックボードAD
関連記事
  • ぐんぐん伸びる子は何が違うのか?
  • 就職四季報プラスワン
  • 仲人はミタ-婚活現場からのリアルボイス-
  • インフレが日本を救う
トレンドライブラリーAD
  • コメント
  • facebook
-

コメント投稿に関する規則(ガイドライン)を遵守し、内容に責任をもってご投稿ください。

ログインしてコメントを書く(400文字以内)
アクセスランキング
  • 1時間
  • 24時間
  • 週間
  • 月間
  • シェア
トレンドウォッチAD
小野薬品vs.本庶京大教授<br>大型新薬めぐり深まる溝

本庶佑教授と小野薬品工業がタッグを組んで生み出したがん免疫治療薬「オプジーボ」。ところが、本庶氏が特許の正当な対価として150億円の支払いを求め、小野薬品工業を提訴する方針を固めた。両者の関係はなぜこじれてしまったのか。

  • 新刊
  • ランキング