昔の物語が主人公の説明から始まるのは一般的だが、この作品は例外的に唐突なスタートを切っている。元服、つまり成人式を経たばかりの、フェロモン絶賛分泌中の若衆がいきなり登場。「うひかぶり」(初冠:男子の成人式で、初めて髪を結い、冠をつけること)という言葉は作品全体の性格を早くも明らかにしてしまう、恋愛の第一関門を通過するための必要不可欠な合言葉なのだ。まさに、大人の世界…。
伊勢物語は、誰によっていつ頃書かれたかはっきりしないが、一人の作者ではなく、色々な人が手を加えてできた作品だという説が濃厚。各章が独立した短い物語になっており、さまざまな愛欲図が描かれている。
あまりに節操がない「昔をとこ」
多くの段に共通する主人公の「昔をとこ」(略してムカオト)は、作中に紹介されている和歌や歴史的なエピソードから、在原業平だと推測されている。作中では彼の(本当かも知れない話も含めて)数え切れないほどのアバンチュールが暴露されている。
ムカオトは間違いなくハンサムなプレイボーイだが、同時にどうしようもないダメンズである。初段では早くも姉妹に手を出し、読み進めるにつれて、年上、年下、上品なお姫様に女中、旅先の見知らぬ女、隙間から姿をチラ見した色好みの女――と情事を重ねていく。はっきりいってまったく節操がない。
中でもムカオトのチャラキャラ全開エピソードの中では、都に住んでいたムカオトが身分の高い女と恋に落ち、駆け落ちしてしまう「芥川」という話が有名だ。ここでは、2人で逃げてきた芥川のほとりで雨宿りをしようと、男が女を蔵に押し込むが、そこに鬼が来て、女を食ってしまう。一瞬ややホラーのように思えるが、鬼は本当の鬼ではなく、女を連れ戻して来た親戚だったようだ。
この事件のせいで、都でのムカオトの評価はガタ落ちしてしまう。が、そこはムカオト。「そうだ、東国にしばらく行ったらみんな忘れてくれるっしょ」と思い立って旅に出る。さすがのチャラさである。
そんなチャラ男エピソードに尽きないせいか、業平が数多く和歌を寄せている「古今和歌集」を編纂した紀貫之はムカオトこと業平について「その心余りて、言葉足らず(情熱こそあるけど、言葉はいまいちだな…)」と厳しい評価をしている。
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