阿部寛も「覚悟」した過酷すぎる映画の真実

監督が壮絶な「エヴェレスト」撮影を語る

――あえてエヴェレストでの撮影にこだわったそうですが。

もちろん僕たちが8848メートルに登れるかというと、それはまったく無理なこと。だからある部分では特撮にも頼らないといけない。でもできるだけそこに近いところに行って、その空気感の中で芝居をしてもらいたいと思いました。そうじゃないと伝わらない場所だと思う。もちろん今はCGがありますから、セットでいいじゃないかということもありますが、それをやると原作者にも申し訳ないなと思ったし、やるなら当然現地に行くと。もし自分がつぶれたら降板するくらいの覚悟で行きましたね。

この映画で大変なのは「ヨーイ、スタート!」の「ヨーイ」と声をかけるところまでなんですよ。そこまでいったらみんなプロなので、粛々とカットを重ねていきました。そこに行くまでにはいろいろなシミュレーションを繰り返しました。

山頂近くに行かないと伝わらない

平山秀幸(ひらやま ひでゆき)/1950年福岡県北九州市生まれ。日本大学芸術学部放送学科卒業。助監督を経て1990年『マリアの胃袋』で監督デビュー。『ザ・中学教師』や『学校の怪談』シリーズの監督を手がける。1998年の『愛を乞うひと』でモントリオール世界映画祭国際批評家連盟賞や日本アカデミー賞最優秀監督賞など国内外で69の映画賞を受賞。その他の主な作品に『ターン』『OUT』『しゃべれども しゃべれども』『太平洋の奇跡-フォックスと呼ばれた男-』など

――準備が大事であると。

たとえば高山病という病気は、人数が多くなればなるほど、かかる人数が多くなる。少数精鋭で行かざるをえないわけです。ちろん僕らが山屋さんと呼んでいるトップクラスの山岳チームにも一緒に行ってもらいました。だいたい日本人スタッフは30人くらいいて、全体では120人ぐらいという大所帯になります。

エヴェレスト街道といってもそこは一本道なんです。だから120人が同時に歩いて、同時に休憩というわけにはいかない。だから元気な若者の組、役者の組、ロートルの組とそれぞれに30分ずつくらいずらして。目的地についたら食事もできるようにしないといけないわけですから。登頂時の戦略が必要になっていくし、ものすごく綿密に計算がなされていないとできないですね。

撮影は、 高山病に隣あわせの過酷なものだった (c)2016「エヴェレスト 神々の山嶺」製作委員会

――スケジュールは主に誰が立てていたのですか。

プロデューサーとチーフ助監督ですね。そういう風に綿密な戦略を立てたとして、それでも誰かが高山病になったらヘリコプターで搬送するしかないんですね。少しでも早いうちに下ろさないと死んでしまいますから。その時のヘリコプターのことも考えないといけないですし、保険についても考えないといけない。保険料は地上とはまったく比べ物にならないくらいに高くなるんですよ。

山の撮影というのは、そういった目に見えないおカネがものすごくかかってくるわけです。なおかつそこで平山が倒れたら、誰が代わりにスタートをかけるんだということにもなります。戦争じゃないですが、指揮系統をどう継続させるかということをそれぞれのパートごとに皆、心の中で思っているわけです。ただし、口に出しては言わないです。それを言ったら自分が折れますから。

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