(第21回)<大林宣彦さん・中編>「ゆとり教育」に期待したが…

●真の「ゆとり教育」とは?

「ゆとり教育」が出たときには、これで昔の教育に戻れる、と拍手喝采しました。僕たちの頃はまさに「ゆとり教育」でした。たとえば、算数の時間でも天気がいいときには、外に出て、空を眺め、雲を眺めたりしたものです。
そこで先生が、雲の数を数えましょう、と仰います。みんな答えが違います。雲は数えているうちに消えるから大混乱です。
「みなさん、算数とはこういうものでね。そこに数式があって数を数えて答えを出せばいいってものじゃない。数えているうちに消えているものもあるし、増えているものもあるし、世の中のものは全部変化する。だから、決まった答えなんかがないのが本当の算数です」。
 ということを教えてくださった。それは僕の数学の根底にあります。「ゆとり教育」とはそういうことができる。いい時代がくるぞと思ったら…こなかったですね。

 ゆとりに対応できる組織がない。ゆとりというものは、答えはひとつじゃないということをゆっくりと考えるということですから。だから答えはひとつだという情報教育になって、学校教育がだめになっているけれど、数学の心理や「いろは」のおもしろさを教えるといった「ゆとり教育」こそが、本来の教育だと僕は信じています。
学校の講演会に呼ばれて話をすると、若い現役の先生が涙を流して共感してくれます。しかしやっぱりシステムや社会のどこかがおかしくなって、よい先生やよい生徒たちが歪められているんだろうと思います。

●言葉に込められたもの

「いろは」を教えるよりも、英語を教えたほうがグローバルだなんて馬鹿な考えの大人達がいますが、本当はそうじゃない。グローバルであるということは、日本人はまず日本語をきちんと覚えて、それから教養として英語やフランス語を覚えて、それらを上手に使えば国際人になれる。そのためには、言葉を使うという、心と言葉の関係や、自分の気持ちをどう表現するかという思いだとかを学ぶべきです。

 あるとき、小沢征爾さんが、世界の学生達を集めて練習をしていたけれどうまくいかず、「この作曲家と同じ国の生まれの人はいますか」と尋ねました。ある若者が手を挙げたので「ちょっと君の国の言葉でしゃべってください」と言いました。
「私の国の言葉はわかる人は少ないから誰もわからないかもしれません」。
「いやいいですから、とにかく話してください」。
 彼女はしゃべったのですが、誰もわかりません。しかししばらくして、小沢さんはこう言いました。
「あなたの国の言葉は、タタタタタタタ、タタタタタタタ、と言葉の頭にアクセントがありますね? ということは、この音楽もそういう風に演奏してみましょう」。
 楽譜ですから、そんなことは書いていません。しかし、一小節の頭に力を入れて演奏したら、見事にその音楽になったのです。さすが、小沢征爾さん。単なる指揮者じゃありません。人間として、大人として見事な教育をしておられる。
 これこそゆとり教育です。
(取材:田畑則子 撮影:戸澤裕司 取材協力:クリーク・アンド・リバー社

大林宣彦<おおばやし・のぶひこ>
1938年、広島県尾道市出身。個人映画作家。
成城大学文芸学部中退。TVCM制作に携わりつつ、1977年に公開された『HOUSE/ハウス』で劇場映画にも進出。以降、主な作品に、故郷尾道で撮影され多くの映画ファンに親しまれた尾道三部作、『転校生』『時をかける少女』『さびしんぼう』をはじめ、『ねらわれた学園』『天国に一番近い島』『漂流教室』など。
2007年夏から劇場公開の作品に、『22才の別れ Lycoris 葉見ず花見ず物語』『転校生 さよならあなた』がある。著書も多数。
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