(第21回)<大林宣彦さん・中編>「ゆとり教育」に期待したが…

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(第21回)<大林宣彦さん・中編>「ゆとり教育」に期待したが…

●映画も勉強も学びの場だった

 僕は映画が大好きでした。ときには隣の席に先生が座っておられることもありました。映画が終わって先生と話をしていると、 「同じ映画を観てもこんなに考えがちがう。これをクラスのみんなに観せたらきっとみんな考えが違うぞ。今度の授業はやめにして、みんなでこの映画を観に来よう」。
 学校のみんなで映画を観て、それぞれのシーンの考えを発表して、60人、みんな考えが違う。それが芸術の素晴らしいところです。

「世の中には答えがひとつということはないんだぞ、数学や理科はとりあえず答えがひとつだが、これは今の大人が真実だと思って決めていることだからそれは守らなければいけない。しかし、人間のやることは間違いも多いから、それに疑問を持つことが、いつか君たちがより正しい答えを見つけることにも繋がる。そのためには、数学や理科の時間でも、僕だったらこう考えると、そう考えて数字をみつめるようにしなさい」。
 素晴らしい先生ですよね。それから、「大林は、映画のことは先生より得意そうだから、これから学校で観る映画は大林が決めろ」ということで映画委員になってね。僕は誇らしくてね(笑)。

●よい芸術家になることを、ショパンのピアノに誓う

 中学生の頃、ショパンの人生を描いた『別れの曲』という映画を観ました。ロマンティックで悲しい物語です。「これは、ショパンをやらなくては!」と、毎日映画館に通って、我が家のピアノで再現するのですが、音が違う。後で知ったのですが、俳優は割とでたらめに指を動かしているようなのです。それで、今度は耳で聞いて曲を再現していく。するとショパンの『別れの曲』や『英雄ポロネーズ』という曲が弾けるようになるのです。
 僕に音楽の才能があったのかもしれないけど、楽譜も読めない。耳だけの自己流でやっちゃうんですからね(笑)。

 近隣の校長先生が参観に集まられる時、ピアノを弾く機会がありました。僕にとってピアノを弾く=ショパンになるってことですからね(笑)。ショパンになるには鍵盤の上に赤い血を吐き散らしながら演奏しなければなりません。それを母親に相談したら、 「トマトケチャップを水で薄め、それを口に入れて吐き出したらいい」。とね(笑)。

 当日、思い切って『英雄ポロネーズ』を演奏する。こっそり、トマトケチャップを口に入れて。

♪チャーンチャチャン、ペペペッ、チャチャチャチャチャチャ、ペッペッ

   演奏して、ピアノは真っ赤になり、僕の口も真っ赤になり、万来の拍手喝采がくるか、 と思えば、シーーーーーーーン。

 またそこで、失敗したと気づくんですね(笑)。

 終戦直後の貴重なグランドピアノ。鍵盤の間にはトマトケチャップ。ハンカチで拭いてみたけど、どうにもならない。いつの間にか、講堂は誰一人いなくなり…すると、後ろから校長先生に肩をトンと叩かれてね。どんなに叱られるかと思ったら、「お前のせいで学校のグランドピアノももう使い物にならん。しかしのう、お前がこれから自分の好きなことに精進して、よい芸術家になれば、このピアノはきっと喜んでくれる。お前がそうならなんだら、ピアノは哀しむぞ。ピアノが喜んでくれるようなええ芸術家になれよ」。
 ただそれだけだったのです。そのことが今でも頭をかすめ、映画を撮って、「OK」と言った途端に、「ピアノは許してくれたかな」「まだダメかな」と思っていますね(笑)。
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