「米国では音を鳴らすキャッチングをする人がいないのですけど、自分は高校時代から得意だったのでやってみたんです。そしたら、フレズノでもジャイアンツのピッチャーでも『気持ちよく投げられた』とか『音が鳴ると球が速く感じる』と言ってくれました。自分にしかできない、ほかの人が持っていない技術を使っていきたいと思っていたから、できるだけ音を出して取るようにしました」
高校時代に培った技術といっても、高校生とメジャーのピッチャーでは、球のスピードも変化のキレも雲泥の差。そのなかで、毎回ミットの芯でボールを受けるのは至難の業だ。植松は、毎日のブルペンでつねに高い集中力を保つことで、どんな球でも「スパーンッ」ときれいな音を出して受けられるようになった。
3つのチャンピオンリング
ピッチャーへの心遣いも忘れない。
「ピッチャーって、試合でもブルペンでもリズムが大切だと思うのです。リズムよく投げていると調子が出てきて試合に入っていきやすいと思うから、ブルペンではボールを受けたらすぐに返して、リズムよくどんどん投げられるように意識しています。ピッチングの具体的なアドバイスをするのは、ピッチングコーチとブルペンコーチなので、僕は球が内側に曲がっているとか自分の視野でしか見えない範囲で気になったことを一言、二言伝えます。それで少しでもいい状態で試合に入ってくれたらなと思っています」
キャッチングの技術と献身は、間もなくジャイアンツのスタッフとピッチャーに高く評価されるようになり、やがてブルペンでは植松を指名するピッチャーも出てきた。
「何日チームにいられるかはわからない」と言われて2008年の春に昇格してから、間もなく8年。結局、一度も「フレズノに戻れ」と言われることなく、8シーズンを過ごした。その間に3度のワールドシリーズ制覇を経験。かつてメジャーに挑戦した日本人選手の誰よりも多い、3つのチャンピオンリングを持つ。オールスターにも、2007年を含めて3度参加。昨年は、本塁打競争でも捕手を務めた。
今ではシーズン合間の休日になると、選手やスタッフとゴルフを楽しんでいるという。メジャーリーグで、ここまでチームの一員としての立場を確立した日本人スタッフはまれだろうが、それでも植松の語り口はあくまで謙虚で飾りがない。メジャーで仕事をするうえで何が評価されていると思いますか? と尋ねると「毎日、一生懸命に当たり前のことを当たり前にこなしているだけです」という答えが返ってきた。この姿勢は、8シーズンもの間メジャーリーガーの素顔に触れ、プレー以外からも影響を受けてきたからだろう。
「メジャーでもトップ中のトップの選手は、人間的にも超一流なんです。スターだから毎日大勢の人に会うだろうに、一人ひとりの名前を覚えていたり、スタッフの気持ちまで考えてくれる。たとえば、バリー・ジトという投手は、年俸総額126億円の7年契約でジャイアンツに来たけれど、なかなか勝てなくて、メディアにも叩かれた。それでもネガティブなことは一言も言わなかったし、チームでも明るく振る舞っていました。そういうところがメジャーリーガーってすごいなと思うし見習いたいですね」
小学生の時、野茂英雄に憧れた少年は、卒業文集に将来の夢を「大リーガー」と書いた。少し違う形で夢を叶えた植松はいま、9年目のシーズンに向けて走り出している。
もし、AT&Tパークに行くことがあったら、ぜひ耳を澄ませてほしい。ファウルゾーンにあるブルペンから「スパーンッ」という音が響いて来たら、それは植松のプロフェッショナルとしての仕事の証だ。
(撮影:尾形文繁)
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