フランスワインの定着 その3:ブルゴーニュワイン《ワイン片手に経営論》第7回

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■土地が富を産む

 このような流れの中で、必要となるのが農業技術です。農業技術には当然、ブドウの栽培技術も含まれます。そして、農業技術を教えることができるのが、まさに司教や修道士でありました。なぜなら、ローマ文明がもたらした農業技術はラテン語の書物の中に書かれており、それらを解する素養を持つのは司教や修道士でしかなかったためです。

 皇帝の支配下にある諸侯が治める封建制度が、農耕生活へのシフトを促し、その農耕生活の安定化のために必要とされた農業技術を伝えられるのが司祭や修道士であったということです。

 封建社会においては土地こそが富の源泉でありました。したがって、生産性の高い土地を見つけ、そこを開拓することが重要でした。土地が資産であるのは、まさに“資を産む”からであり、優れた土地とそうでない土地の選別は、死活問題でありました。ですから、諸侯が自身の土地を拡大しようとしばしば争いごとをしているのは、ある意味で当然であったと思われます。土地を拡大する以外に、富める方法がほとんどなかったからです。金や銀の蓄積はもっと時代が下ってからのものです。

 一方、教会もキリスト教の布教を行ないながら、優れた土地を探しました。教会は、自身の土地で収穫された作物の寄進を受けつつ、さらに税を教皇や諸侯に払わなければなりませんから、良い土地に教会を建てようと必死であったようです。このような状況下、大きな収入が得られるブドウ栽培とワインの生産は不可欠で、これが原動力となって修道院がブドウ栽培の重要な役割を担っていったのです。

 ラテン語の読解力によってブドウ栽培技術を心得ていた修道士は、ブドウ栽培とワイン生産を行い、そこから得た収入によってどんどん豊かになっていきました。しかしながら、このような富は、当然、盗賊や諸侯に狙われる対象となります。実際に、多くの修道院や教会が襲われ、ワインやさまざまな貴重品が強奪されました。そうです、これが修道院を高い塀で囲う理由だったのです。

 それにしても修道院が確立したビジネスモデルは、現在のビジネスモデルとも共通します。土地を賃貸して、そこから得られた賃料を運用するというモデルと、土地を農民に耕してもらって、そこから得られたブドウをワイン(流動資産)にして収入を得て富を拡大する、ここに通底するものは土地をベースとした資産運用ではないでしょうか。そして、優れた立地を選択することが、収支の重要な決定要因となるということは、今も昔も変わらないと言えそうです。

 そして、こうした一つの成功モデルは、土地が重要な成功要因であるという思想を無意識のうちに植えつけていくことになったのではないでしょうか。この考え方は、今日のワインビジネスにおいても避けることの出来ない重要な考え方となっています。

 ブルゴーニュ地方はこうして世界有数のワインの銘醸地となる一歩を踏み出していったのでした。しかし、ボルドーは、また異なった発展をしていきます。農業的なブルゴーニュよりもより商業的な争いの中で発展をするのです。次回は、ボルドーについて記したいと思います。
*参考文献 
ロジェ・ディオン、『フランスワイン文化史全書 ブドウ畑とワインの歴史』、国書刊行会
ヒュー・ジョンション、『ワイン物語 上』、平凡社
山本 博、『ワインが語るフランスの歴史』、白水社
《プロフィール》
前田琢磨(まえだ・たくま)
慶應義塾大学理工学部物理学科卒業。横河電機株式会社にてエンジニアリング業務に従事。カーネギーメロン大学産業経営大学院(MBA)修了後、アーサー・ディ・リトル・ジャパン株式会社入社。現在、プリンシパルとして経営戦略、技術戦略、知財戦略に関するコンサルティングを実施。翻訳書に『経営と技術 テクノロジーを活かす経営が企業の明暗を分ける』(英治出版)。日本ソムリエ協会認定ワインエキスパート。
◆この記事は、「GLOBIS.JP」に2009年3月30日に掲載された記事を、東洋経済オンラインの読者向けに再構成したものです。
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