埼玉県民「え?東京ドームって歩いて行けるの?」 敗北感を味わった高校生が就職→最初に住んだ「東京の街」の実態と、馴染めた意外なきっかけ

✎ 1〜 ✎ 5 ✎ 6 ✎ 7 ✎ 8
著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小
中山道
千石駅へとつづく中山道。駅前には飲食店が並ぶ(筆者撮影)
この記事の画像を見る(13枚)
進学、就職、結婚……人は様々な理由で東京に移り住む。しかしずっと同じ街に暮らすとは限らず、一度引っ越すと、その街に何年も足を運ばないケースも――本連載ではそんな「東京で最初に住んだ街」を、様々な書き手が久しぶりに歩き、想い出の中の街と現在の街を比べていきます。第8回はWebライター&編集者の中村昌弘さんが、千石で過ごした日々を振り返ります。

千石駅へとつづく中山道を歩いていると、案の定、懐かしさが込み上げてきた。「16年ぶりに歩く道だな」と思っていたら、ふと高校時代の記憶が蘇ってきた。

僕は現在40歳で、この街に住んでいたのは24歳の頃。なのになぜ、高校時代の記憶が戻ってきたのか。それは、僕の東京に対する「嫉妬の歴史」に理由がある。

東京は憧れではなく嫉妬の街

当時も今も、僕の実家の最寄は埼玉県の戸田駅だ。電車で2駅進めば東京都板橋区に入ることもあって、東京は僕にとって身近な存在だった。

高校時代のある日、東京ドームで開催されるアメフトの試合を、部活の仲間たちと一緒に観に行くことになった。出発時間になるまで、千石にある友人の家で過ごしていた。「すごい静かな街だな。なんかうちの周りと似ているな」というのが第一印象だった。

千石駅付近
千石駅付近の様子。住宅が立ち並び、実家付近に近い雰囲気を感じた(筆者撮影)
次ページ「東京ドームって歩いて行けるの?」
関連記事
トピックボードAD
ライフの人気記事