埼玉県民「え?東京ドームって歩いて行けるの?」 敗北感を味わった高校生が就職→最初に住んだ「東京の街」の実態と、馴染めた意外なきっかけ

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ニトリで買ったソファベッドと小さいダイニングテーブルを置いたら、部屋が半分くらい埋まった。仕方ないので、ホテルに置いてあるような小さな冷蔵庫と、ビックカメラで見つけたいちばん小さいサイズのテレビを床に置いた。テレビが見にくすぎて、段ボールをテレビボード代わりにつかっていた。

オシャレとは程遠い部屋だったが、ソファに座ったまま冷蔵庫に手が届き、テレビのチャンネルも変えられる。この狭さが秘密基地みたいでワクワクした。

千石駅へとつづく中山道
千石駅へとつづく中山道。駅前には飲食店が並ぶ(筆者撮影)

……とは言え、千石に来たばかりの頃は仕事が忙しく、会社と家を往復する日々だった。休みの日も仕事をしているか、一日中寝ているかのどちらか。そんな生活を送っていたので、1カ月経っても千石という地に慣れず、「自分の街」という感覚はなかった。

「自分の街」に変えてくれた、一軒のラーメン屋

そんなある日、隣駅の白山近くで友人と飲んでいた。24時間営業している居酒屋でつい長居してしまい、気づけば深夜1時を回っていた。友人と別れ、家に帰る途中に「白山ラーメン(現在は閉店)」という看板が目に留まった。酒を飲んだ後のラーメンの誘惑に勝てず、フラッと立ち寄ってみた。

店内にはテーブルがなく、路面沿いにカウンターがあるだけ。しかも、店頭で丼を渡されて、路上で食べるという斬新なスタイル。店の周りには、深夜にもかかわらず丼をもってラーメンを啜っている常連らしき人たちがたくさんいて、一見である僕はジロジロ見られている気がして少し緊張した。

かつて白山ラーメンがあった場所
かつて白山ラーメンがあった場所。深夜には7〜8人がラーメンを啜っていることもあった(筆者撮影)
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