埼玉県民「え?東京ドームって歩いて行けるの?」 敗北感を味わった高校生が就職→最初に住んだ「東京の街」の実態と、馴染めた意外なきっかけ

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特に「千石自慢ラーメン(現在は閉店)」がお気に入りで、カレーの材料を買いに西友まで自転車を走らせていたら、気づけばこの店のチャーシュー麺を完食して帰宅する、なんてことが何度もあった。行きは誘惑に勝てても帰りに負けることもあり、長ネギや大根の入った袋を片手にラーメンを啜ったこともある。

誘惑に負け、誘惑に負け……そうして僕は、千石の街に根を張っていったのだ。

巣鴨駅前の商店街
巣鴨駅前の商店街。たくさんの店が立ち並ぶ(筆者撮影)
巣鴨地蔵通商店街
おばあちゃんの原宿として知られる巣鴨地蔵通商店街。買い物に困ることはなかった(筆者撮影)

まだ東京への嫉妬があるのかもしれない

あれから16年が経った。

父が転勤族だった影響か、僕は色々な街に住むのが好きみたいで、社会人になってからは2年に1回のペースで引っ越しをしている。千石の次は勝どき、それから八丁堀、練馬春日町、上板橋、池袋、戸田、笹塚、そして今住んでいる目黒付近だ。八丁堀までは会社員だったが、練馬春日町に住んだ辺りからフリーランスに転身した。

改めて引っ越し遍歴を振り返ったことでひとつ気づいたことがある。コロナウイルスの影響で経済的に厳しくなり、実家付近(戸田)に帰ったことを除けば、フリーランスになって以降どんどん都心に近づいている。練馬春日町、上板橋、池袋、笹塚、目黒付近と。

僕はライターなので、住む場所はさほど関係ない。都心での仕事が多いか?と聞かれたら、そうでもない。今はオンラインでの取材も多いので、もはや関東にいなくても仕事はできる。強いていえば新幹線に乗るときに便利という理由はあるが、年に数回程度しか乗らない。

そんな僕がなぜ、家賃が上がることを覚悟して都心へ近づいているのか。東京への嫉妬の次は、都心への嫉妬があるのかもしれない。僕は現在40歳。飲み会のあとにラーメンを食べる機会も減った。胃袋的にも健康的にも躊躇する年齢になった。それでも、16歳の頃に抱いた嫉妬はまだ消えていないようだ。

中村 昌弘 Webライター、編集者

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なかむら まさひろ / Masahiro Nakamura

Webライター・編集者。メンバー数1500名のコミュニティ「Webライターラボ」の運営者。著書に、Webライターへのインタビュー本『ライターとして生きていく』や『Webライター フリーランス入門講座』がある。

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