「倒れるまでラーメン作りを続けたい」 盛岡が誇る老舗ラーメン店の創業者が84歳で逝去。「生涯現役」を貫いたレジェンドが、次世代に残した"教え"
「生涯現役」を貫いた伝説の店主
盛岡の街から、ひとつの時代の終わりを告げる知らせが届いた。老舗ラーメン店「柳家」の創業者、大信田和一さんが19日、心不全のため84歳で亡くなった。
前日の18日まで総本店の厨房に立ち、いつも通り鍋を振るっていたという。19日の朝も日課のランニングに出かけ、その途中で倒れた。文字通り、「生涯現役」を貫いた最期だった。
「柳家」の出発点はラーメンではない。岩手県稗貫郡大迫町(現・花巻市)で営んでいた手打ちそばの食堂が原点である。過疎化の波を見据え、「このままではいけない」と盛岡進出を決断。家族の将来を思っての挑戦だった。
1975年、盛岡市大通の商店街、さわや書店本店の3階でそば屋として再出発する。だが、立地のハンデもあり、経営は苦戦。看板の日本そばは伸び悩み、資金繰りにも苦しんだ。




















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