3.11被災地での約束から始まった第二の人生ーー日本で突然「クビ宣告」を受けたチリ人が、東京の片隅で《モヒカン姿のシェフ》になるまで

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牛肉も塩胡椒だけのシンプルなものがチリスタイル(筆者撮影)

「使う調味料やスパイスは、塩、胡椒、ニンニク、オレガノ、クミンくらい。シンプルなほうが、たとえば肉なら肉の味がはっきりわかるでしょ。でも、家庭によってシェフによって、スタイルはいろいろ」

それなら、この店のスタイルは? と聞くと、

「エドスタイル。私の好きな味にしたいんで、たとえばオレガノ好きだからいっぱい使う」

と楽しそうに笑い、お客とも同じようなことを言い合う。狭い店なのと、エドさんの人柄もあって、お客同士が自然と会話を交わすようにもなる。そこには日本人もいれば、スペイン語圏を中心とした外国人もいる。エドさんに会いに来る常連客も多い。

中野に住む常連客もエドさんに会いにやってくる(筆者撮影)

店を手伝っている日本人の女性はスペイン語専攻の大学生で、最初は客として店に来たが、和やかな店の雰囲気に惹かれてその場でアルバイトに志願したという。実に、いろいろな人が集まってくる場所なのだ。

もともと工学の専門翻訳家として来日

チリの首都サンティアゴで生まれたエドさんは、活発な少年だったようだ。

「ボーイスカウト、アスレチック、あとサッカーもやってた。英語も好きだったから、17歳のときにアメリカに留学した。ミネアポリスに1年間」

大学で産業工学を学び、卒業後に電気関連のメーカーで働いているときに、転機が訪れる。

「たまたま見た新聞に、日本電気(NEC)が人を探してるって広告を見たの」

なんでも、アルゼンチンのブエノスアイレスにプラントを建てることになったのだという。

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