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政治・経済・投資 #『ノスタルジアは世界を滅ぼすのか:ある危険な感情の歴史』

「幽霊ハンター」がたどり着いた「ノスタルジア」と「ポルターガイスト」の共通点 問題は「過去」ではなく「現在」にある

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  • 内田 樹 思想家、武道家、神戸女学院大学名誉教授
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ハンガリー生まれの亡命ユダヤ人であったフォドールは大戦間期のヨーロッパで流行していた超自然現象の研究者だった。

幽霊クラブ、ロンドン心霊協会、妖精研究会に入会し、マン島に出たポルターガイスト(100年前のインドから転生してきたマングースのジェフという霊)についてフィールドワークを行った。

フォドール自身は幽霊を信じていなかった。「興味があったのは超自然現象と精神異常が交わる部分のほうで、ポルターガイストは感情障害が表出したものだと考えていた」(147頁)、彼は「マングースのジェフ」はその家の10代の娘が想像で創り出したものだと診断した。

そして、ノスタルジアとポルターガイストの共通点に気づいた。

「ノスタルジアは子供や思春期の若者によく見られ、ポルターガイストも彼らが気づくことが多い。そしてどちらも生活や場所の急な変化に対する反応であり、一種の精神障害だった。過剰なノスタルジアを治療せずに放置すれば、偏執的かつ強迫的な精神状態に発展し、患者を強い精神的苦痛と長引くうつに陥らせる」(148-149頁)

ノスタルジアに囚われた人たちは「かつて存在した何かに回帰しようとしていた」(150頁)。そして、最も遠い「故郷」である「子宮に回帰したいという潜在的な願望の表れである」というのがフォドールの診断であった(!)。彼は「出生前心理学」という学問を提案した。

「妊婦はまだ生まれていない我が子の身体と心にテレパシーで意思疎通ができると彼は信じていた。(…)したがって、人の感情的な幸福、安心、満足は、子宮にいるときの経験に深い影響を受ける」(150頁)

ノスタルジアは「根源的願望」だった

ノスタルジアは子宮回帰志向がもたらすネガティブな病態であるとフォドールは考えた。

ベッドの中で身体を丸めて寝る人も、長風呂をする人も、温かい海中で長い時間泳ぐ人も、温室好きも、ガーデニングに凝る人も、みな子宮回帰欲望に駆動されている。

子宮内の赤ん坊は「熱帯の生物」であり、出産の瞬間にこの世の寒さに衝撃を受けて、湿度の高い熱帯で暮らすことを夢見て生涯を送る。なんという想像力豊かな精神分析家であろうか。

フォドールによればターザン映画もダイビングも熱帯へのあこがれも孤独壁も極右政治への熱狂もすべての裏には「生まれる前の時間と場所の記憶(ひいてはノスタルジア)があった。(…)それは自分が元いた場所に帰りたいという深く根ざす、根源的といってよい願望だった」(152頁)

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【なぜ日本は「アイデンティティの物語」に囚われたのか】

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