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「フランス・ベストシェフに選ばれた日本女性」ロックダウン、共同経営者との決別を経て、厨房設備のない小さな店で《再出発》した理由

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前のお店のことで一緒に怒り、戦ってくれた夫は、2020年6月、脳卒中で倒れてしまった。有里さんは、「会社のことと旦那さんの病気。その時はちょっと地獄でした」と振り返る。夫は後遺症を克服し、最近やっと以前のように笑い合えるようになったそうだ。「私がフランスに来てから、夫は全面的に陰から支えてくれました」と有里さんは語る。

人生は限られている、好きな時間を過ごしたい

現在、地元メディアの取材はすべて断っている。なぜなら昔の客が来ても、今のお店では以前のようなエレガントなサービスはできないから。口コミで来る客が多く、そういった縁が一番なのだという。有里さんは「ミシュランは狙っていない」と断言する。

現在のお店の座席は18席ほど。ランチは18席、ディナーは14席を上限にしている(筆者撮影)

「大変だった過去があるから、好きな人達や仕事に囲まれた今の幸せをしみじみ感じます。残された人生は限られているので、なるべく好きな時間を過ごしたいです。そのためには体調管理や最低限のお金も現実的に大切。バランスの取れた生活を目指しています」と有里さんは語る。

お店の屋号「Yuri.m」の「m」は夫の苗字の頭文字であり、夫の名前ミッシェルの頭文字でもある。「後から気付いたのですが『Yuri.m』を発音すると『ユリ・エム』になり、フランス語の『Yuri aime』と同じ発音です。意味は『私は愛する』。そのおかげでしょうか。今、私の周りには好きな人が集まってきてくれている気がします」(筆者撮影)

困難も多いが、その過程も楽しんでいるという。16歳で実家を飛び出した有里さんだが、父とは離婚を機に関係を修復した。つい1カ月前には、長らく疎遠になっていた母親に連絡を取ったそう。「お互い年を取ってきたので」と有里さんは穏やかに微笑んだ。

【画像41枚を見る】本編では紹介しきれなかった写真も。有里さんの作る日本のエッセンスを取り入れた料理に、マルシェの新鮮な野菜と果物、趣あるポーの城下町の風景はこちら

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