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「フランス・ベストシェフに選ばれた日本女性」ロックダウン、共同経営者との決別を経て、厨房設備のない小さな店で《再出発》した理由

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同年6月9日、地元メディアは「レストランがオープンの日になっても有里さんのお店は開かなかった」とミステリアスに報道。その後すぐ、お店の倒産を風の便りで知った。

厨房設備のない店での再出発

――辞表提出から8カ月後。

2021年11月、有里さんの姿はポーの地元アーティストが集まるアトリエの一角にあった。そこは料理を出さないティールーム。ゼロからのスタートを切った有里さんは水道しかない場所で、できることから取り組んでいた。お金を貯めて設備を少しずつ整え、やがてティールームからレストランになった。

「Yuri.m」は、ポーの食の中心、常設市場から北西に徒歩10分ほどにある。アトリエのオーナーと有里さんは、お互いのことをそれぞれ人づてに聞いて知り合う。有里さんがこの場所に決めた理由は、建物が明るく、契約上の細かい規定がなかったこと。料理教室やケータリングサービスにも挑戦したそう。有里さんの厨房は、自転車がある右側の窓だ。「厨房にまで光が差し込むのは珍しい」そうだ(筆者撮影)

再出発をする時に確かだったのは、ジャパニーズレストランとは言いたくなかったこと。もっと自由でいたかった。日本食を全面に打ち出すと、フランス人はどうしても天ぷらや焼き鳥を出さないと「違う」と言い出す人もいるからだ。「でも私の料理を食べて、日本を感じてくれたら嬉しいです」と、有里さん。

もとはペンキ屋さんの倉庫。大きなワンフロアはアーティストの作品が並んだ棚で仕切られている(筆者撮影)

最初はすべてをひとりでこなしていたが、今はサービス係のアナイスも一緒だ。前のお店で最後まで一緒に仕事をしてくれたのがアナイスだった。

「アナイスは良くも悪くも、本当の意味で正直な人です。取り繕わないし、嫌な時は嫌な顔をする。そしてすごく優しい。ちゃんと敬意を払って人と接することができる人でもあります。自分にとっては旦那さんと同じくらい特別な人なんです」

看板娘のアナイスさんと。アナイスさんは生まれも育ちもポーだ(筆者撮影)

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【「ミシュランは狙っていない」】

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