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旧ジャニ「解散のない"奇跡の20年間"」の凄まじさ なぜ「ジャニーズ事務所」は特別だったのか

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  • 霜田 明寛 ライター/「チェリー」編集長
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沖縄のストリートでダンスの鍛錬を重ねていたISSAのハイトーンボイスに加え、KENによる本格的なRAPが楽曲に取り入れられたのも当時としては新しかったし、4人での活動の後期にはYUKINARIが自らトラックも作成していた。一言で言うなら“ルックスもいい実力派”といったところだろうか。

もちろんデビュー後も進化はしていたが、ジュニア時代から成長過程を見せるジャニーズに対し、DA PUMPは若くしてほぼ完成形として出てきた印象もあった。

少年隊の錦織一清が当時「今度うちからいいグループ出たじゃん」「DA PUMPっていうグループ」と自分の後輩だと勘違いして評価していたら、事務所の人間に「錦織さん、それ大きい声で言わないで」「あれ、うちじゃありません」と言われたというエピソードがある※9。

これは、DA PUMPのルックス・実力の高さを示すと同時に、当時の感覚が“男性の歌い踊るグループといえばジャニーズ”だったことの証しでもある。

「ダンスが日本一うまいから」売れたわけではない

その後DA PUMPはオリジナルメンバー3人の脱退や増員を経て、グループの形を大きく変えた。2023年、ISSAがプライベートでも交流がある木村拓哉のラジオに出演。芝居にバラエティに歌にダンスにとSMAPはオールマイティーだった……とISSAに褒められたときの木村拓哉の返しが印象的だった。

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「なんちゃってオールマイティーですよ。(中略)踊り揃ったことないもん※10」

木村拓哉の中に長らくあったSMAPがダンスにおけるプロフェッショナルではなかったという自覚が、気を許せる相手であり、実力も認めるISSAを前に出た瞬間なのではないだろうか。それはスキルとしては劣る自覚がありながら、結果的にDA PUMPより売れ続けてしまったSMAPとしての贖罪であり、木村の誠意のようにも感じられた。

木村の突然の吐露に対し、少し動揺しながらのISSAの返しもまた素晴らしいものだった。

「不得意な方もいらっしゃったと思うし……でも、ひとりひとりがちゃんと立ってたじゃないですか。個性がちゃんとあって」

セールスを含めたSMAPの芸能界における功績を否定する者は誰もいないだろう。だが、その根底にあったのはそれぞれの“個性”でもある。仮に彼らを日本一売れたグループだとしても、決してダンスが日本一うまいからその地位に立ったわけではないのである。

※1 『日経MJ』2023年9月13日
※2 『日刊スポーツ』2023年3月31日配信 
※3 『日経エンタテインメント!』2021年4月号
※4 『日経エンタテインメント!』2017年4月号
※5 『日経エンタテインメント!』2023年5月号
※6 『週刊SPA!』1990年7月4日号
※7 『朝日新聞』2011年10月22日夕刊
※8 『週刊SPA!』1990年7月4日号
※9 錦織一清『少年タイムカプセル』
※10 TOKYO FM『木村拓哉 Flow』2023年3月19日放送 

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