――授業内容の改善にもつながるでしょうか。
たとえば今受けた授業が役に立ったかどうかなどを、学生が即時評価できるといいですね。
授業が終わった瞬間に、4段階評価でとってしまう。すべての子が週7コマ×5日間で週に35コマの授業があったとしたら、そのすべての授業を4段階評価、つまり「よくわかる」「わかる」「少しわかりにくい」「わからない」で評価します。校長室に電光掲示板があって、各教室ごとに生徒の授業評価が即時反映されるなど、もはや技術的には可能です。先生たちにとってだけでなく、子どもたちにもフィードバックする責任が発生するということで、意見を表明するということはそこに責任が発生するということを学ぶ機会になります。
授業にコスト意識を持つことも勉強になる
高校ではひとりの生徒に150万円くらいコストがかかっていて、全部で年間1500コマくらい授業があるので、1コマ1000円ということになります。高校生で映画を見る料金と同じですが、今終わった授業が、1000円払う価値があったかどうかを毎回聞きたいですね。
来年夏には、選挙権が18歳まで降りてきます。社会に対して自分がかかわると何かが変わるという感覚を持たせるのが「公民」という教科の本当の意味だと思ってます。だから「よのなか科」を作りました。スマホを通じたアクティブラーニングはいちばん身近な民主主義教育にもなりえるでしょうね。
――こうした動画によるオンライン教育は、日本の教育改革の流れと合っているのでしょうか。詰め込み教育部分を圧縮して、学科では測ることができない、個々の可能性を引き出すというような意味では、ゆとり教育と重なる内容にも見えます。しかし、そのゆとり教育は失敗したとの批判もあり、現在では行われていません。
大学入試そのものが変わることが、決定的な違いです。ゆとり教育の時代も、やはりクリエイティブであることが必要だと言って、情報処理力から情報編集力にもっていこうとしていました。ただ、理論武装がまったくされていなかった。単に教科書の内容を3割減らしたり、「総合」の時間を週に3回入れるだけだったり、かつ土曜日を休みにしました。一方で、「総合」で何を教えるべきかが、おそらく誰にもわからなかったのです。
しかも文科省は先生からの「総合の授業はどう進めたらいいのですか?」という問いに、情報教育、環境教育、国際理解教育、福祉ボランティア教育という4つの例を「正解」として挙げてしまいました。先生たちはそれを聞いて、「正解主義」の”調べ学習教育”を行った。
今回の動きはその時とは違います。なぜなら、大学の入試は処理力を問うのではなく、情報編集力を試す内容に変えましょうと、文科省が明確に示したからです。だから、早くも、あの東大でさえも来年は3300人の定員のうち、100人を推薦で入学させる予定です。京大医学部は飛び級もします。お茶の水女子大は、文系は図書館の機能を全部使った図書館入試を行ったり、理系は実験室で実験室入試を実施するようですよ。
――スマホで学習するとなると、学校に集うことは不要となりますか。
そこは今までと変わりません。たとえば理科を学ぶのが好きだという先生が目の前で授業を行った時に、その先生の「学ぶのは楽しい!」というオーラが子どもに伝染していくんです。体育の跳び箱や、算数の計算練習もみんなでワッとやったらできるようになったということも沢山あると思います。人が集まらないとできないことだけをなるべく学校で行うようにする。学校というのは「いい習慣をつけてあげる装置」なので、オンラインによる個別習熟度別学習を徹底すると、逆に、学校がもっと学校らしく、教師がもっと教師らしくなっていくのではないでしょうか。
(撮影:今井康一)
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