いま日本に「スマホで授業」が絶対必要なワケ

「ミスターリクルート」が狙う学校教育改革

――そもそも、なぜスマホなんでしょうか?

9割以上の高校生が日常的にスマホを使っていますが、彼らは、スマホを自分の手、体、あるいは脳の一部と考えています。それを学習に使わないで、タブレットを渡したりパソコンに向き合えというのは、私はむしろ不自然に感じてしまいます。

Googleのエリック・シュミットが予言しているように、ここ10年で世界中の50億人がスマホで繋がる時代が来ると言われています。スマホで繋がるというのは、つまり映像・動画で繋がるということです。

高校生が動画を見る端末は、もはやテレビのディスプレーではなくスマホなんですね。学校から与えられたタブレットを使うよりも、自分の体の一部だと思っているスマホを使った方がはるかに操作頻度も高いでしょうし、自分の意見を表明しやすくなると考えています。

以前、大阪の柴島(くにじま)高校の授業で生徒たちの意見を自分のケータイから送信させて、それを集約してみんなの意見を共有したことがあります。ワークシートを印刷して、授業の後に200字の意見を書いてと言っても、クラスの半分くらいの子が書けませんでした。ところが、スマホを使ってみたら、全員が20字から200字の文章を送信してきたんです。これはすごいと、先生たちも騒然となりました。

スマホが自分の一部という感覚はとても重要で、楽器を持っているような感覚だと思うんです。笛は吹けない、ピアノは弾けないけれど、ブログには投稿できますとか、You Tubeにアクセスして自分の意見を書けますとか。自己表現の行為がどんどん変わり、広がってるんです。

プレゼンの技術として編み直しが必要

――英・数・国・理・社以外の教科については、これからどうなりますか。

高校の教科は、可能なら体育、音楽、美術、技術家庭という4教科の実技教科が全部「自己表現」という形、つまりプレゼンテーションの技術として編み直された方がよいと考えています。小中学校はまだモーツアルトとベートーベンの違いを教えてもいいと思いますが、高校になったら、体でどう自分の考えや想いを表現するかを学ぶのがよいのではないでしょうか。

ただ、一方で柴島高校での授業はメディアにこそとても注目されましたが、その後それを真似る学校はありませんでした。今でいうと、チャットアプリのし放題や、有害サイトの見放題、危険サイトにアクセスし放題など、ネットの持つ弊害を先生方は恐れています。それは無理もないことです。私が和田中の校長であった時も、生徒には携帯を学校には持ってこさせませんでした。小中学生の場合、スマホにのめり込んでしまうと、チャットなどにものめり込む可能性は高いんです。ただ、学力中位の高校以上は、スマホの利用について生活指導できると思っています。今回、奈良市立一条高校の先生たちもできると判断したようです。

――生活指導が難しい学校でもスマホ持ち込みで大丈夫でしょうか?

学力下位校の「生活指導困難校」と呼ばれる学校で、学校にスマホを持ってこさせるなんてとんでもないと思うかもしれません。ただ逆に考えれば、そのような子たちこそ学習の機会を奪われているので、スマホを使ってもっとより楽しく、よりアクティブに学習できるということであれば効果があるのではと思っています。「よのなか科」のような正解がひとつではない授業では、必ずしも成績優秀児が主人公にはならず、ストリート系の子が目立てたりもするものですから。

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