季節は12月。ノルウェーのこの時期は1日中ほとんど陽が差さない。暗い部屋で食事をとっていたため、カビに気づかなかった可能性が高いと横山さんは考えた。
パンはプラスチックのパンケースに入れた状態で、部屋に置かれていた。ノルウェーの冬は平均気温がマイナス5℃程度と寒いが、屋内は暑いくらいに暖房が効いているうえ、湿度が高い。これがカビ増殖の温床になっていたのではないかという。
横山さんの体調は幸い、2~3日で軽快した。食中毒の直後は、パンを見るのも嫌だったが、ほかに安い食材がないため、あきらめて数日後には食べ始めたという。
「ただし、それ以後、パンは冷蔵庫で保管するようになりました」(横山さん)
医師に診てもらおうとは思わなかったのか。ノルウェーは家庭医制度といって、病気やけがなどで診療が必要な場合、原則として指定されている「かかりつけ医」を受診する。専門的な治療が必要な場合は、かかりつけ医から専門病院を紹介してもらうシステムだ。
横山さんにも指定されていた家庭医がいたが、行かなかった。
「ノルウェーは医療機関が少なく、家庭医が近くにいるわけではないのです。現地の友人たちも、『よほどのことがない限り病院にはいかない』と言っていたので……」
医療機関に気軽にかかることのできる日本が、いかに恵まれているかを強く実感したという。
総合診療かかりつけ医・菊池医師の見解
総合診療かかりつけ医できくち総合診療クリニック院長の菊池大和医師に、横山さんの症状について聞いたところ、「食中毒であることは、ほぼ確定ですね。ただ、原因はカビではなく、“黄色ブドウ球菌”だと思われます」と言う。
黄色ブドウ球菌というと、先日も、うなぎ弁当を食べた160人あまりが体調不良を訴えた集団食中毒事件が記憶に新しい。
カビも食中毒の原因になることはあるが、パンに付いたものを1回食べたくらいで発症することは極めて少ないそうだ。
かたや黄色ブドウ球菌による食中毒は日常的に起こりやすい。
黄色ブドウ球菌は人間の皮膚や、鼻や口の中や髪の毛などにいる常在菌だ。通常は悪さをしないが、何らかのきっかけで増殖すると、その過程でエンテロトキシンという毒素を発生し、それが食べ物を介して体の中に入ることで、食中毒を引き起こす。