日米の心理学者が語る「内なる声」の驚異の力 アスリートも実践する「自分と距離を置く」方法

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田中:そうです。でも、引退後もずっと「元五輪選手」と呼ばれます。その自分ではない自分を作ることに必死だったのが引退後の数十年です。私は、21歳で選手を引退しました。目標であり、夢だったオリンピックメダルを獲得したからです。

1988年10月1日の日記に「夢が叶った。これからの“余生”はどんな人生だろう?」と書いています。21歳であったにもかかわらず「余生」と書いたわけです。

引退直後は人生が終わったような感覚でした。スポーツ選手というアイデンティティではない私は想像できなかったのです。そして自分を見失いました。引退しても「シンクロの田中です」という自己紹介をしたくなるたびに「もうそうじゃない。だったら私は誰?」と思っていました。

そして、自分は何者なのかを考えるようになり、アメリカで心理学を学び始めます。

クロス:それが第2の情熱になったのですね。

田中:はい。当時、私のチャッターは鳴りを潜め、セルフトークは機能しなくなっていました。引退後は、もう自分に話しかけたくありませんでした。自分の本音を知りたくないからです。

やがて、スポーツ心理学を学ぶ過程でセルフトークについて知り、話そうと努めるようになりました。

内なる声を味方につける

田中:私の場合、チャッターは解決策を見つけ出す大きな助けになります。だからこそ自分と対話する必要があるのです。

クロス:心を静めたいと思うときと場所が絶対にあると思います。例えば、野球なら、9回2アウトのピッチャーマウンドにいるというような場合です。

そのときに助けになるツールが、本書に紹介している「儀式」です。一方、「内省」を求めるときもあります。プレッシャーが強いときは、自己分析したくないものですが、逆に、試合の前後にはそうしたいのではないでしょうか。

イーサン・クロス氏
ミシガン大学教授の心理学者イーサン・クロス氏(撮影:今井康一)

田中:はい、そうです。自己分析をせざるを得ません。

クロス:つまり、状況に応じて異なるアプローチが必要なのです。あるリリーフ投手は、状況に応じて3つのツールを持っています。

ブルペンで「2イニング後に登板だ。準備せよ」と言われたとき、「この回の後半で登板だ」と言われて準備をする時間が少ないとき、そして「今すぐ登板だ」というときです。それぞれの状況に応じて自分に効くツールを用意しているのです。

これから起こり得るシナリオを想定する、「実行意図」と呼ばれるものです。

田中:内なる声を、自分の敵ではなく、味方につけるわけですよね。

クロス:それが望ましい状態です。内なる声は価値ある資産である一方、人類最大の脆弱性でもあります。しかし、内なる声は、素晴らしいことをなすように進化してきたわけです。

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