苦手な人を「避ける」人が失ういくつもの大切な事 「わからない」を拒むと、「わかる」機会を失う

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実はこの『E.T.』という映画には、異常とも言っていい特徴があります。それは「大人の顔が画面に出てこない」ということです。映画のクライマックスに至るまで、出てくるのは徹底的に「子供の顔」と「異星人の顔」だけで、「大人の顔」は、主人公であるエリオットの母親を除いてほとんど画面に出てきません。これはつまり、この映画においては、主人公のエリオットたちにとって、大人というのは「他者」として描かれている、ということです。

もちろん、登場人物が子供だけだというのならそれはそれでわかります。でも、この映画では「異星人をなんとか母星に返そうとする子供たち」と「異星人を捕獲して研究材料にしようとする大人たち」の闘いがメインテーマですから、当然、大勢の大人が登場します。

ところが、その敵役の大人たちの顔が、画面にほとんど現れない。大人の顔が画面に映るか、と思うと、不自然に腰から上が画面で切れていたり、逆光でシルエットになっていたり、放射能を防ぐため(と思しき)ヘルメットに覆われていたりと、いつも表情は読み取れません。レヴィナスが言う「顔」のビジョンが交換されないわけです。

大人の顔が登場するのは映画後半のクライマックスです。瀕死の異星人を助けるために、大人たちと子供たちが協力するシーンに至って、初めて大人たちはヘルメットを取って子供たちと直面し、主人公エリオットたちと「顔のビジョン」が交換されます。

苦手な人ほど「顔」を合わせてみよう

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レヴィナスが唱えた「他者」の概念は、今日、ますますその重要性を高めています。例えば我が国の状況を考えれば、北朝鮮やISなど、対話そのものが難しいと感じられる国家間の関係性がすぐに思い浮かびますし、国内社会を見渡せば、ネットによる「島宇宙」化が進むことで、年収や職業や政治的傾向によって形成された社会的なグループごとに原理主義的な純粋培養が進み、相互の意見交換がほとんど「対話不可」と言っていいほど難しい状況になっています。

そのような状況になったとしても、「顔」を見合わせて対話をし続ける努力が必要なのではないでしょうか。
 

山口 周 独立研究者・著作者・パブリックスピーカー、ライプニッツ代表

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やまぐち しゅう / Shu Yamaguchi

1970年東京都生まれ。慶応義塾大学文学部哲学科、同大学院文学研究科美学美術史学専攻修士課程修了。電通、ボストン コンサルティング グループ、コーン・フェリー等で企業戦略策定、文化政策立案、組織開発などに従事。中川政七商店社外取締役。株式会社モバイルファクトリー社外取締役。『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』でビジネス書大賞2018準大賞、HRアワード2018最優秀賞(書籍部門)を受賞。

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