「マヂカルラブリー論争」が起きる日本国民の凄さ 漫才の大会「M-1」が育てた芸人と観客の漫才観

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第1回の「M-1」では、あの松本人志が審査員席に座るということ自体が画期的なことであり、そこに話題性があった。この時点では「M-1」は単なる漫才特番でしかなかった。

しかし、結果的に「M-1」は全国民を巻き込む巨大イベントへと成長を遂げた。そこにはさまざまな要因があり、さまざまな人の尽力があるに違いない。

今に受け継がれる立ち上げ当時の理念

ただ、その中で最も大きいのは、発起人である島田紳助氏と谷氏が本気で漫才を愛し、漫才復興のために必死で動いたことだ。その立ち上げのときの理念は、22年経った今でも「M-1」のスタッフに受け継がれ、彼らの中で息づいている。だからこそ、「M-1」の人気がいまだに衰えていないのだろう。

お笑い関係の番組や舞台は、基本的にはそこに携わる演者やスタッフによって作られているものだが、個人的には「M-1」だけは「お笑い業界のもの」でありながら、その枠を超えた「みんなのもの」であるという感覚がある。

普段それほどお笑い番組を見ていない人ですら、年に一度の「M-1」だけはチェックしていたり、結果に興味を持っていたりする。そんな番組は「M-1」しかない。

漫才は面白く、漫才の大会は面白い。そして、『M-1はじめました。』に描かれた漫才の大会が始まるまでの舞台裏も、同様に面白いものなのだ。

「M-1はじめました。」が10倍面白くなる
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ラリー遠田 作家・ライター、お笑い評論家

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らりーとおだ / Larry Tooda

主にお笑いに関する評論、執筆、インタビュー取材、コメント提供、講演、イベント企画・出演などを手がける。『イロモンガール』(白泉社)の漫画原作、『お笑い世代論 ドリフから霜降り明星まで』(光文社新書)、『教養としての平成お笑い史』(ディスカヴァー携書)、『とんねるずと「めちゃイケ」の終わり〈ポスト平成〉のテレビバラエティ論』(イースト新書)など著書多数。

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