「なんだろう、このにおい…」
成田美希さん(当時33歳)が長女の保育園のお迎えを終え、玄関のドアを開けると、なにかが焦げたようなにおいが鼻をついた。まさか…。慌ててキッチンに駆け込む。目に飛び込んできたのは、火にかけられたままになった鍋。火を止めて中を覗くと、味噌汁がすっかり蒸発していた。
鍋底にこびりついた黒い塊を呆然と眺めながら、成田さんは思った。
「私、やばい状態なのかもしれない…」
成田さんが職場である小学校を休むようになったのは、その次の日からのことだった。
31歳、育休明けの教員の過酷な日々
成田さんが小学校の教員になったのは、29歳のときのこと。新卒で入った教育関係の会社を退職した後、通信大学で教員免許を取得し、小さい頃からの夢を叶えたのだ。同時期に結婚もし、公私共に充実した日々を送っていた。
だが、そんな日々は長くは続かなかった。成田さんが31歳のころ、長女を出産したあとの育休が明け、育児と教員の仕事の両立が始まった。待っていたのは、想像を絶する過酷な日々だった。
長女は、急な発熱や感染症など、急に体調を崩すことがあった。だが、クラスの担任を受け持っていた成田さんは、仕事を簡単に休むことはできない。
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