「創造的であること」を強いられる社会は幸せか 逝去した「欧州最強の知性・コーエン」の嘆き

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コーエン:ずっと愛人として生きたいと思いますか? 恋愛はいいものですが、恋愛だけに基づいた生活には不安が伴います。常に愛されなくなったらどうなるかという脅威に晒されているからです。ですから、恋愛のみに生きるのは危険です。同じように、芸術家のように生きられると思い込むのも、危険なことです。

安定した仕事があるのは非常に良いことです。毎日、するべきことがわかっていて安心できます。職場に行って挨拶をして、同じ日常を繰り返せることは、フロイトの観点から言うと良いことなのです。外界との緊張を和らげることになるからです。個人が外界と接することで生じる緊張を和らげること、それこそが文明です。

今、始まろうとしている、あるいは、始まっている新しいテクノロジーの世界には、常にそうした緊張があります。いつも「自分が得意なことは何か」と自分自身に問いかけていなくてはなりません。それがストレスと緊張を生むため、燃え尽きてしまう人が大勢います。

人々は能力を限界まで出し切ることを求められています。そこが昔の労働者とは異なる点です。つまり、新しいテクノロジーの本質はこれまでの文明の破壊です。

これまでの文明、つまり産業文明は、繰り返しの文明でした。工場のライン作業などは、システムの効率を最大化するためのものでした。効率化のために、同じ作業を繰り返すことが求められたのです。

私たちは、かつて工業が農業生活を破壊したように、古い工業のコンセプトを破壊する新たな世界に足を踏み入れています。私はこれが、前世紀に人々の生活をすっかり様変わりさせた革命と同じくらい重要な革命になると考えています。

「創造的であれ、さもなくば死だ」 

安田:ルーティンワークと非ルーティンワークの区別について、もう少し、話を続けさせてください。これはカール・マルクスの「疎外」に関係していると思います。ルーティンワークか非ルーティンワークかを区別する考え方は、マルクスのもともとの考えに近いのではないでしょうか。

コーエン:そう思います。現代のパラドックスの一つです。ルーティンワークは疎外です。機械やロボットのように同じことを繰り返す労働者は「奪われた」状態にあります。もともとマルクスが考えていたように生産した商品を奪われるだけではなく、スキルも奪われるのです。工場でライン作業をする時は、いわば人間としての側面は忘れるように要求されます。

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