「創造的であること」を強いられる社会は幸せか 逝去した「欧州最強の知性・コーエン」の嘆き

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コーエン:こうした変化の性質を理解するために、経済関連の文献から読み取れる一つのコンセプトは、ルーティンワークと非ルーティンワークの区別です。これはとても興味深いコンセプトです。

以前は、工業と農業、あるいは高スキルと低スキルなどの観点で職業を捉えていました。その区別にはある意味で安心感がありました。

特に1980年代には、技術の進歩はスキルや知識を持つ働き手、つまり、高学歴の人々に有利だと考えられていたため、教育を受けさえすれば誰もがスキルを身に付け技術の進歩の恩恵を受けられると信じることができました。だから、ある意味では安心できたのです。

しかし、ルーティンワークと非ルーティンワークの区別は、ある意味で人々の不安をかき立てます。どんな仕事をしていても、どんな地位にいても、同じことを繰り返すような仕事は、テクノロジーに取って代わられ仕事を奪われる危険性があるからです。

たとえ、高学歴で知識と技量を十分に備えた高給取りのトレーダーでも、コンピューターで代替可能な仕事をしていたら職を失う危険性があるということです。

かつてのように、単に高学歴だというだけでは職を守ることはできません。事態はより複雑です。今までの脅威とは性質が異なります。同じことを繰り返すようになったら、職を脅かされるようになります。私のような経済学者も同じです。

今では動画を再生すれば、誰でも、どこにいても、同じ話を何度でも聞くことができるのですから、いつも同じ話をしているのでは、講演の仕事は減っていきます。私たちは繰り返しのリスクに晒されているのです。

全員が芸術家のように生きねばならない社会の到来

コンピューターに代替えされないのは、非ルーティンワークだけだという強迫観念は、人々の大きなプレッシャーになります。それは、私たちが皆、芸術家のようにならなければいけないということです。常に自分を改革する必要があるということです。

フロイトは『文化への不満』に、「芸術家のように生きるのは不可能だ。自分の人生を芸術家のような人生にしてはいけない。なぜなら芸術家は不幸だからだ。芸術家はいつも創造性の欠如への恐怖に晒されている」と語っています。それは本当に大変なことです。

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