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みんなが出世競争する「日本型雇用システム」を生んだのは戦時・戦後の「社内平等革命」だった…差別をなくしたら非正規化が進むパラドクス

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戦後のメーデー(1946年5月、写真:Bettmann / GettyImages)

現代日本の労働問題といえば、安倍政権の「働き方改革」で二大課題とされた正社員と非正規労働者の格差の問題と長時間労働の問題が真っ先に挙げられる。

これらに加え、なかなか進まない男女格差の是正など、さまざまな労働問題の原因と指摘されるのが、かつては日本企業の競争力の源泉ともてはやされた日本型雇用システムだ。

だが、かつての礼賛派も今日の批判派も共通して見落としていることがある。

それは、いまや正社員と非正規労働者を堂々と差別する仕組みになってしまったこのシステムが、もともとはブルーカラーとホワイトカラーの間の、そしてホワイトカラーの中でもノンエリートとエリートの間の、差別をなくそうとする社内平等革命によって生み出されたものであったということだ。

平等を求めて作り出されたシステムが差別を生み出したというこの逆説こそ、80年目の総決算として改めて噛み締めるに値する。

戦前の日本に存在した2本の差別ライン

現代日本における正社員と非正規労働者の格差は身分差別というにふさわしい。同じ仕事をしているのに、雇用は不安定で賃金処遇は著しく低い。

それゆえ、欧米の労働社会で一般的な同一労働同一賃金原則を導入すべきと叫ばれながら、「日本型」という言葉がつくことで事態はほとんど変わらなくなる。

だが、差別問題を考えるカギは、どこに差別ラインがあるかということだけではなく、どこに差別ラインが“ない”かにこそある。

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