「台湾有事議論」日本で抜け落ちている大事な視点 沖縄県民の避難や難民受け入れの議論がない

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台湾有事を想定した軍事シミュレーションは日本でも毎年行われるようになった。写真は2022年7月に実施されたもの。(写真/時事通信フォト)
『週刊東洋経済』7月31日発売号では「台湾リスク」を特集。緊張が高まる台湾海峡の情勢や半導体強国の背景、2024年の総統選挙など台湾の政治経済を徹底解説している。
日本では台湾有事を想定した議論が盛んだ。ただし、主な議論は「軍事面に偏りすぎている」との指摘がある。台湾に何かあれば最も影響を受けるのは、南西諸島の沖縄県だ。琉球大学の山本章子准教授(国際政治史)に日本の台湾有事議論のゆがみについて解説してもらった。

――台湾有事に関する議論が政界やメディアで大きく扱われています。今行われている議論についてどうお考えですか。

軍事面に偏っており、戦争で起きうる事態の想定が十分になされていない不自然な議論だと思う。

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例えば、オーストラリアのシンクタンクが「もし中国が台湾に侵攻したら、アメリカとともに以下の行動を取ることを支持もしくは反対するか」と世論調査を行っている。その項目は、まず台湾の難民を受け入れるか、次に中国への経済・外交的制裁を実施するか、そして台湾への武器や軍需物資の支援をするかと続く。この後に、台湾周辺の海上封鎖を防ぐための海軍派遣や、台湾へ直接派兵するかという項目がある。

現在の日本では、主に最後の2項目に関連する議論ばかりされている。政府や政治家、官僚、シンクタンク関係者に加えメディアも、台湾を助けるためにアメリカとどう一緒に戦うかどうかに関心がある。諸外国では、台湾有事が起きた場合、現在のウクライナで起きている状況を念頭に、どう支援するか、世論はどう反応するかを議論している。日本の議論は偏っている。

台湾有事の最前線は日本になる

――それでは日本ではどういう議論が具体的に必要なのでしょうか。

ロシアの専門家である東京大学講師の小泉悠氏は、台湾有事が起きたときの日本はウクライナ戦争におけるポーランドの位置だと指摘する。ポーランドはNATO(北大西洋条約機構)とロシアが対峙する最前線の場所だ。おそらく台湾有事でも在日米軍司令部が最前線の司令塔として、そこから台湾に対する支援や介入を指揮する。台湾を支持する国々と中国が対峙する最前線は日本になる。

琉球大学人文社会学部国際法政学科准教授 1979年北海道生まれ。一橋大学法学部卒、編集者を経て2015年、一橋大学大学院社会学研究科博士課程修了。沖縄国際大学講師などを経て18年より琉球大学専任講師。著書に『日米地位協定 在日米軍と「同盟」の70年』、『米国と日米安保条約改定――沖縄・基地・同盟』(吉田書店)など(写真:今井康一)

ポーランドが現在どれくらいの負担をしているかといえば、ウクライナからの難民を2023年2月末時点で156万人受け入れている。ポーランドの人口の4%だ。9割以上は女性と子どもで、政府の宿泊施設に加えて一般家庭でも受け入れている。慣れない外国での生活で体調を崩す人も多く、ポーランドは難民に無料で医療を提供している。就労機会も認め、働けない人に給付金も支給し、子どもの教育も行っている。

またポーランドはウクライナに支援物資を送っている。国外に避難していないウクライナ市民のために食料や生活物資を送り、軍事支援も行っている。GDP世界22位で日本の人口の約3分の1であるポーランドが約1年間で約3400億円支援している。

台湾有事が起きれば、多くの台湾人が国外脱出するだろう。その時、真っ先に避難先になるのは沖縄だが、現状は入管機能が脆弱で、はたして対応できるのか。ポーランドがウクライナに実施している以上の支援が求められるはずだが、日本は本当にできるのか。長距離ミサイルの配備よりはるかに難しい問題のはずだが、議論されていない。

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