だが「私」は徐々に、その花を活けたのは、下宿に住んでいるお嬢さんであることを理解する。そしてお嬢さんの奏でる琴の音を聴くのが、日課になっていく。そのうちわかってきた事実は──その琴の演奏も、活け花も、たいして上手ではないのだった!
この、「下宿先のお嬢さんに最初は身構えるけれど、だんだん聴こえてくる琴の音がたいして上手じゃなかったり、活けてくれる花がけっこう微妙なところ(けどちゃんと頻繁に花は変えてくれる)にキュンときて、恋に落ちる」描写。本当にロマンチックで、それでいて心に残る、とてもいい名場面ではないだろうか。
琴や活け花は、明治の女性にとっては必修科目のようなものだったのだろう。だがそれらが大して得意ではない。でもそういうところに、ちょっとキュンとくる──少女漫画も顔負けの恋愛描写ではないか、と私は『こころ』を読んで思った。
好きな小説家から推測できる、漱石のロマンチストぶり
ちなみに夏目漱石が好きなイギリスの作家の1人に、ジェーン・オースティンがいる。オースティンといえば、『高慢と偏見』というイギリス貴族の結婚物語が有名な、恋愛小説家である。夏目漱石の好きな小説家の傾向を見ても、案外漱石はロマンチストだったであろうことは容易に推測できる。
夏目漱石といえば、「日本の近代的自立について語った」とか「近代文学の元祖」とかいう、生真面目な肩書で呼ばれることも多い文豪である。だがその小説をひらいてみれば、意外にも、ロマンチックで、少女漫画かな? と思うような描写も多い。きっと漱石自身、そのような描写を読むのも書くのも好きだったのではないか。今回紹介した作品以外にも、漱石の小説をひもといてみると、堅苦しいイメージと異なる、ロマンチックな表現が登場して驚くかもしれない。
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