夏目漱石には「人間の根本問題」が宿っている

養老孟司さんが考える「ほどほどの豊かさ」

養老氏はなぜ夏目漱石を読み続けるのか(写真:NHK出版提供)

私が夏目漱石に出会ったのは、小学生の高学年だったと思います。確か、5年生か6年生のときに『吾輩は猫である』を読みました。今も、あの小説の雰囲気がなんとも言えず好きです。『吾輩は猫である』は、漱石が初めて書いた小説ですね。

今の学校教育では、小説の筋書きや起承転結に関して教えると思いますが、『吾輩は猫である』には、それがありません。物語がだらだらと続き、それぞれの場面がつながっているようなつながっていないような小説です。私はこういう書き物が一番好きなんです。何か劇的な展開があるわけでもなく、事件が起こるわけでもない。それこそが人生そのものだという気がするからです。漱石の作品は、その後も次々と読んでいき、中学生のうちにすべて読んでしまった。

私は漱石の文体も大好きです。なぜかというと、私が教わってきた日本語の文体はこの頃に確立されており、漱石などはその典型だからです。ただ、完全には定まっていない日本語もありました。

たとえば、漱石は自分の作品の中で「簡単」を「単簡」と書いている。これは当時としてはよくあることで、漱石が「簡単」と書かないで「単簡」と書いただけのことです。そうしたら、いつの間にか漱石が使っていた単語ではない方向に世の中が流れていった。漱石が多数派ではなかっただけで、それだけ日本語がしっかりと確立されていなかったということです。漱石はおよそ150年前に生まれていますので、私たちが現在使っている日本語というのは、ある意味そのくらいの歴史しかない。

人間の根本の問題が宿っている

漱石は、同時代のあらゆる作家が名を残すことなく消えてしまった中で、今の日本人にも読み継がれています。なぜだと思いますか? 私は、漱石の作品には人間の根本の問題が宿っているからだと思います。つまり、社会と人の関係、人間が成熟するとはどういうことかというテーマが詰まっているんです。

今の人は、「個性」「自分らしさ」などと盛んに言いますが、それはいったい何かを考える。そういうことを考え出すと、自分の考えと周囲の考えがぶつかることがありますね。そういったテーマは、『吾輩は猫である』の後に書かれる『それから』や『門』、そしてもちろん『坊っちゃん』にも引き継がれていきます。

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