放置された空き家でも「貴重な文化財」、解体寸前だった戦前木造モダニズム建築「三岸家住宅アトリエ」。孫娘が必死に模索する継承

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三岸アトリエ
現在の三岸節子邸外観。手前の四角い部分は増築部分(写真:©三岸アトリエ、撮影/千葉正人)
住まいと街の解説者・中川寛子さんが、さまざまな工夫で新たな住まいや仕事場となったり、文化的拠点に生まれ変わっている“廃居”を紹介している連載
今回、取り上げるのは国登録有形文化財にもなっているモダニズムの名建築、画家の三岸節子邸(東京)。全国で名建築の廃墟化が進む中、どう後世へ残していくか。取材レポートを2回にわたってお届けします。
【建物の継承はどうなった?再生への道筋は? 後編はこちら】"古い建物好き"を唸らせる名建築、どう後世に残していくか。東京・中野《三岸家住宅アトリエ》孫娘が託した継承者、共に描く再生の道

解体寸前だった希少な戦前のモダニズム建築

東京都中野区鷺宮の住宅街に一見コンクリート造に見える、ちょっと変わった四角い住宅がある。1994年に女性洋画家として初の文化功労者となった重鎮、三岸節子のアトリエだった建物だ。

三岸アトリエ
竣工時の写真。当時の鷺宮は茅葺き屋根の農家が点在する地域で、アトリエの周辺には何もなかった(写真:撮影/清水襄写真事務所、山本愛子さん提供)
三岸アトリエ
アトリエ内部の様子。らせん階段は当時からあった。現在はらせん階段の奥に壁ができ、アトリエと作業室が分けられている(写真:撮影/清水襄写真事務所、山本愛子さん提供)

都内でも希少な戦前のモダニズム建築だが、長らくあまり使われない状態で放置され、一時は相続のため解体寸前に。それをなんとか残したいという孫娘の15年以上をかけた奮闘の結果、2024年にようやく継承、残されるメドがついた。

【写真】貴重な文化財だが、劣化もしてきている(18枚)
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