「最も不愉快な2年」だったロンドン留学
前回、ロンドンに留学した夏目漱石の日記を見てきた。ロンドンの気候や風土になかなかなじめず、鬱々と日々を暮らしている様子が日記からも伝わってくる内容であった。漱石はロンドン留学時代を振り返り、後からこのように語っている。
漱石にとって、ロンドンで暮らした国費留学の2年間は、人生で最も不愉快な期間だった――本人が語っているのだから仕方がない。本当にそうなのだろう。
しかし「イギリス人のなかで自分が暮らしている」ことを表現する比喩として「オオカミの中に一匹だけ毛のふさふさした犬が混じり込んでいるくらい、マジ自分がかわいそう」と語っているのが、いかにも漱石らしい。
「むく犬」とは「毛の長いふさふさした犬」のことである。つまりはイギリス人のなかでひとりだけ日本人の自分が暮らしていることは、「オオカミの群れにふわふわの犬が1匹だけ放り込まれた状況みたいなもんだ」と言っているのだ。
漱石の自己認識が「むく犬」であることにユーモアを感じてしまう。『吾輩は猫である』といい、このあたりにも発揮される、漱石の笑える文章のセンスは高い。
ちなみにこれは当時の読売新聞に公開された、漱石の文学論エッセイの冒頭である。エッセイはこの後、「いかにロンドン生活が孤独だったか」を滔々(とうとう)と語る。
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