留学で苦悩、エリート「夏目漱石」が記した驚く自虐 小説観を築いた「孤独で悲しい」ロンドン生活

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夏目漱石
英語が得意だった超エリート「夏目漱石」でも留学は大変でした(写真:ようすけ/PIXTA)
学校の授業では教えてもらえない名著の面白さに迫る連載『明日の仕事に役立つ 教養としての「名著」』(毎週木曜日配信)の第34回は、『吾輩は猫である』『こころ』などの作者である夏目漱石に大きな影響を与えたイギリス留学時代の苦悩に迫ります。
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「最も不愉快な2年」だったロンドン留学

前回、ロンドンに留学した夏目漱石の日記を見てきた。ロンドンの気候や風土になかなかなじめず、鬱々と日々を暮らしている様子が日記からも伝わってくる内容であった。漱石はロンドン留学時代を振り返り、後からこのように語っている。

倫敦(ロンドン)に住み暮らしたる二年は尤も不愉快の二年なり。余は英国紳士の間にあつて狼群に伍する一匹のむく犬の如く、あはれなる生活を営みたり。
(『文学論』序、初出1906年、「漱石文芸論集」岩波文庫、岩波書店)

漱石にとって、ロンドンで暮らした国費留学の2年間は、人生で最も不愉快な期間だった――本人が語っているのだから仕方がない。本当にそうなのだろう。

しかし「イギリス人のなかで自分が暮らしている」ことを表現する比喩として「オオカミの中に一匹だけ毛のふさふさした犬が混じり込んでいるくらい、マジ自分がかわいそう」と語っているのが、いかにも漱石らしい。

「むく犬」とは「毛の長いふさふさした犬」のことである。つまりはイギリス人のなかでひとりだけ日本人の自分が暮らしていることは、「オオカミの群れにふわふわの犬が1匹だけ放り込まれた状況みたいなもんだ」と言っているのだ。

漱石の自己認識が「むく犬」であることにユーモアを感じてしまう。『吾輩は猫である』といい、このあたりにも発揮される、漱石の笑える文章のセンスは高い。

ちなみにこれは当時の読売新聞に公開された、漱石の文学論エッセイの冒頭である。エッセイはこの後、「いかにロンドン生活が孤独だったか」を滔々(とうとう)と語る。

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