「男だったらなあ」と言われた紫式部
宮中に勤めるエリートOL日記かと思いきや、意外と「仕事が憂鬱だ」という愚痴も多く書いていたことがわかった、前回の記事(『実は仕事嫌いで毒舌、紫式部が書いた「悪口」の中身』)。今回は紫式部の知られざる苦悩について、引き続き『紫式部日記』を見てみたい。
例えば紫式部といえば、こんなエピソードを古典の授業で習ったことはないだろうか。
紫式部は幼少期から、漢詩や漢文を読むことが得意だった。当時は漢籍といえば男性が習うものだったが、一緒に勉強していた弟より紫式部のほうがよっぽど覚えが良かった。彼女の父は彼女の秀才ぶりを見て、ため息をつく。「ああ、お前が男だったらなあ」と。
現代の女性が読んでも、胸がきゅっと痛くなってしまう話である。
この式部の丞といふ人の、童にて書読みはべりし時、聞き習ひつつ、かの人は遅う読みとり、忘るるところをも、あやしきまでぞ聡くはべりしかば、書に心入れたる親は、「口惜しう。男子にて持たらぬこそ幸ひなかりけれ」とぞつねに嘆かれはべりし。
<筆者意訳>弟の式部丞がまだ小さかったころ、漢詩や漢文を勉強していた。私も横で講義を聴いていた。しかし弟の理解はものすごく遅く、さらに習ったこともすぐ忘れる。一方、私はすらすら覚えられる。漢籍を熱心に教えていた父は、いつも嘆いていた。「残念だよ、お前が男じゃないのが俺の運の悪さだ」と。
(注)本記事の原文引用出典はすべて『紫式部日記 現代語訳付き』(紫式部、山本淳子訳注、角川ソフィア文庫、KADOKAWA、2010年)による。現代語訳は筆者による意訳
幼少期を上のように回想した紫式部は、父の言葉にいたく影響を受けたらしい。「女性なのに勉強ができるのは残念なことだ」という刷り込みを受けた彼女は、自分の賢さを隠すことにひたすら注力していたのだ。なんと「一という漢字すら書かない女としてふるまう」のが彼女の処世術だったらしい。
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