夏目漱石の小説の、ロマンチックな描写
イギリス留学から帰ってきた夏目漱石は、日本でもうつになっていたことをきっかけに、友人から「小説でも書いたらどうだ」と勧められる。
ちなみに日本でうつになったのは、英文学の教師として東大で教鞭をとっていたところ、学生が自殺してしまい、「あの学生が自殺したのは夏目先生のせいだ」と噂されたかららしい……。そりゃうつにもなるというものである。
そんな契機から始まった夏目漱石の小説家人生であったが、私は彼の小説を読んでいると、なかなかにロマンチックな感性をもっていることに驚く。東大を出て、東大の先生になるエリートだなんて、どんないかつい小説を書くんだ、と身構えてしまうのが普通だ。だが漱石の小説はいつもどこか、ロマンチックだ。
具体的に、漱石の小説を見てみよう。
たとえば『坊っちゃん』。タイトルは聞いたことのある方も多いだろう。この小説は、漱石が松山の中学校に赴任したときの思い出をもとにしたと言われる。主人公の青年・坊っちゃんが、四国にやってきて、数学教師をすることになる様子を描いた田舎のドタバタコメディだ。が、そんな小説のなかでも、ちょっとしたロマンスを入れることを、漱石は忘れない。
駅である美人に遭遇する。その美人を見かけたときの「胸キュン」を、漱石はこんなふうに表現するのだ。
……ロマンチック! と叫びたくなりませんか。漱石ってこういう描写をする人なのだ。「水晶の珠を香水で暖ためて、掌で握ってみたような心持ち」。なかなか書ける文章ではない。
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