コンピュータが「人間のように行動できない」理由 人間の柔軟な行動に「情動」が不可欠である訳

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あるいは、ネットがつながらなくて通信会社に電話を掛けたら、担当者に冷たくあしらわれたとしよう。

もしもあなたが反射的に行動する動物だったら、相手に食ってかかって「地獄に落ちろ、この間抜け野郎」などと罵声を浴びせるかもしれない。

だが実際には、担当者の振る舞いを受けてあなたは怒りや欲求不満などの情動を抱く。あなたの心がこの状況を処理する方法はこの情動から影響を受けるが、それとともに理性的な自己からの入力も受け入れる。

それでも相手に食ってかかるかもしれないが、それは自動的ではない。代わりにその衝動を無視して、一度深呼吸してから、「規約は分かりますが、この場合それが当てはまらない理由を説明させてください」などと説きつけるかもしれない。

情動が柔軟な行動を可能にする

人間以外の動物、とくに霊長類でも、そのような形で情動が作用することがある。動物行動学者のフランス・ドゥ・ヴァールが著した『チンパンジーの政治学:猿の権力と性』という本を取り上げよう。

もしもあなたがチンパンジーだったとしたら、何ともショッキングな一冊である。その中でドゥ・ヴァールは以下のような事例を紹介している。

若い雄は受け入れてくれる雌に興奮してもいったん待って、懲らしめに来るかもしれないボスザルに見つからずに交尾する方法を雌とともに探す。

またボスザルは、取り巻きのサルを毛づくろいして回っている最中に年下の雄から喧嘩を吹っかけられても無視し、翌日になって報復攻撃をすることがある。

母ザルは自分の子供が若いサルに奪われると、そっと後をついていって、子供を怪我させずに取り返すチャンスを待つ。

カリフォルニア工科大学教授で米国科学アカデミー会員のデイヴィッド・アンダーソンは、次のように言っている。

「反射的行動では、きわめて特定の刺激から特定の反応が即座に引き起こされる。そのような刺激にしか出くわさず、そのような反応しか必要ないのであれば、これで問題ない。しかし進化のある時点で動物にはもっと高い柔軟性が求められるようになり、それをもたらすために情動の構成要素が進化したのだ」

(翻訳:水谷淳)

レナード・ムロディナウ 作家、物理学者

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Leonard Mlodinow

カリフォルニア大学バークレー校で理論物理学の博士号を取得し、マックス・プランク研究所でアレクサンダー・フォン・フンボルト・フェローを経て、カリフォルニア工科大学で教壇に立った。著書に『しらずしらず:あなたの9割を支配する「無意識」を科学する』(水谷淳訳、ダイヤモンド社、2013年)、『この世界を知るための 人類と科学の400万年史』(水谷淳訳、河出書房新社、2016年、現在河出文庫)、『柔軟的思考:困難を乗り越える独創的な脳』(水谷淳訳、河出書房新社、2019年)などがある。

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